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「それじゃあ、藤野さん、ニケの散歩に行ってきます」
あの後すぐにお昼ご飯が出来たと呼ばれた俺と楓は、ダイニングで食事をとった。小難しい名前の料理が出てくるかと思っていたら、意外や意外。テーブルに出てきたのはカレーライスだった。
俺は大分拍子抜けしたが、そのカレーを一口食べたらあまりの美味しさに驚いた。楓が「やっぱり藤野さんの作る料理はプロ級ですね」と言っていたので、あの上品なおば様は相当な料理上手らしい。そこで、お手伝いさんの名前が藤野さんだってことを知った。楓が呼んでくれたから助かった…。
俺も楓も出されたカレーとサラダを完食し、お腹も一杯になったので少し休憩した後に楓から「そろそろ行きましょう」と言われたので玄関へ向かう。
「まあ、珍しい。伊織ちゃんも一緒に行くのね?」
「はい、たまには良いかなと思いまして」
そう、気を付けて行ってらっしゃい。と藤野さんが笑顔で見送ってくれたので、ニケと楓と共に門を出る。
ニケは尻尾を左右に揺らしながら、チラチラとこちらを振り返っていた。散歩が嬉しくてたまらないような顔に見えて、つい微笑ましくなる。
楓の手が、首輪から繋がるリードをしっかりと持っているが、ニケは無理やり引っ張るでもなく、歩幅を合わせている。夕方の散歩はいつも楓が受け持っているようで、さすがの信頼関係だ。
ちなみにニケの事をそれとなく聞いたら、こんなに人懐こいのにきちんと訓練を受けた犬らしく、怪しい奴には容赦なく飛び掛かるよう躾られているそうだ。なので楓も安心して散歩に行けるってこと。金持ちって飼われている犬まですごいんだな。
いつもの散歩コースらしい河川敷をゆったりと歩く。ところどころに植えられた桜の花びらが散って、まるで風の中を桜の波が寄せては返してくように見えた。水なき空に波ぞ立ちける、ってやつだな。
時折楓と学校の話をしながら歩いていると、前方から天逢学園の制服を着た男子生徒がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
あれ?何だか見覚えがあるような……。
少しずつ距離が近づき、輪郭が分かってくるとそれは確信に変わる。
成績優秀、品行方正。その上容姿端麗の生徒会長。
”天逢学園の貴公子”こと、相馬春樹、その人だった。
現在、3年生になったばかりの新生徒会長。BLOOMの中で最も王子様に近いと言われている人物だ。
色素の薄いブロンドの髪を肩ほどで綺麗に揃え、さらさらと靡かせる。鼻と口元は涼し気なまでにスッと通っていて、目元も髪の色と同じ長い睫毛がその縁を彩っている。天逢坂が王様だとすれば、この人は真逆と言ってもいいほど儚げな王子様。そこに居るだけで絵画になるような美しさだった。
うわ、天逢坂も凄いけど、この人も負けず劣らずって感じだ。派手さは無いけどそれがまた不思議な色気のような物を醸し出している。生で見ると眩しさが凄い。
この人も180cm近くあるんだろうなってくらい背が高くて、さらに言えばスタイルが物凄く良い。チッ。
しかし。
俺と彼はただここで擦れ違うだけなのだ、そう、ただそれだけ。
俺にとっちゃ、このプリンスがどんな人だとしても関係は無い。BLOOMは雫ちゃんの為のゲームだから。
西原伊織という女の子は、このゲームではモブ、雫ちゃんの密かな友人ポジション。それだけ。
そうは思いながらも、近づいて行く距離に何となく心拍数が上がる。俺はなるべく気配を消しながら、楓の方を出来るだけ見るように歩みを進めた。
そうして、本当に通りすがる瞬間。
「ねえ」
顔の通り、涼やかな声が時を止めた。俺はふいに掛けられた声に動けなくなる。
その声の主は、急に腕を上げると、俺の髪の毛にその綺麗な指を絡ませた。
「桜の花びらが髪に……妖精さんかと思ったよ」
俺の髪の毛から花びらを取ると、その花びらに口づけを落とし、俺を見つめる。
う、
うわあああああああああ!!!!!!!
な、ななななな何この人!?確かにキザだったけど、こんな事初対面にも言っちゃうのかよ?!
ボボボッと自分の顔が真っ赤に染まったのが分かった。中身が俺だから恥ずかしすぎるんだって!
あまりの恥ずかしさに、顔から火が出そうだった。
そんな俺を見て、プリンスは首を傾げながら「どこか痛い?」なんて言って今度は俺のおでこに手を触れようとした。うあああその手を止めろ、これ以上はあああ!!!俺は思い切り目を瞑ってその時を待った。
……あれ。
何時までたってもその手の感触はしない。俺は片目をチラリと開けてみた。
そこには、俺と彼の間に割り込むように楓が立っていた。
「すみません、何か姉に御用ですか」
楓が俺の腕を掴み後ろへと行くよう促される。
おおお流石だ楓、助かった!
内心楓を褒めちぎりながら、素直に後ろへと下がる。呆気に取られたプリンスは何度か瞬きをしたが、すぐにクスッと笑みを見せた。
「おや、勇敢な騎士様。ごめんね、何か勘違いさせてしまったかな?」
「いいえ。ただ、姉にはあまり触れないで貰えますか」
楓はずっと目を逸らさず見つめている。
プリンスはほんの一瞬驚いた顔をし、直ぐに笑顔に戻る。この人、全然感情が読めない。
「失礼、具合が悪いのかと思ってしまって。気に障ったなら謝るよ。申し訳ない」
そう言って相変わらず舞っている花びらを見上げ、フッと笑うと「それじゃあ、またね」と言って去って行った。
―――俺、もしかしたらこの人が一番苦手かもしれない……。




