43 友人
43 友人
ストライダーが二人、と言う事態はレデニアにとっても不測の事態であった。
今までは一人のストライダーに、町にある家を貸し出していたのだが、急にもう一人増えたと言われても、すぐにその対応は出来なかった。
ゆえに、今はケンジとカミケン、二人で丘の家に住んでいるのであった。
「ごめん、カミケン。ちょっとそこの食器取ってくれ」
「あ、ああ。これかな」
「そうそれ。サンキュ」
現世ではあまり仲の良くなかった二人ではあったが、しかしこの世界に来てそのわだかまりもなくなり、今では一つ屋根の下で暮らす仲。
フィーナが忙しい時には自分でも家事を行えるように、とケンジが覚えた料理などを、カミケンが手伝うような感じになっていた。
今日もフィーナは忙しいらしく、少し到着が遅れてしまうと言うので、ケンジが簡単な料理を作って、逆にフィーナを労ってやろう、と思ったわけである。
「すごいな、粕谷は。料理も覚えたのか」
「ある程度はブレイヴによるものだけどね。訓練したらそれなりに出来るようになったよ」
戦闘スキルだけではなく、様々な技術を継承できるブレイヴとは、かなり便利な代物であった。そのお陰で、ケンジにも生活力がついたのである。
テキパキと料理をこなすケンジを見て、カミケンはため息をつく。
「俺もそんな技術を覚えておけば良かった。エストから渡されるブレイヴには戦闘に関するものしかなかったからな」
「エストか……」
その名前を聞いて、ケンジの胸がチクリと痛む。
アレからケンジはエストの泉に近づいていない。
あんなことがあって、どんな顔をしてエストに会えば良いのか、わからなかったのだ。
「カミケンは、エストのこと、信用しているのか?」
「粕谷はしてないのか?」
質問に対する答えとしては不適切に感じられたが、それでも内容的には肯定であった。
カミケンはエストを今でも信じているのだ。
では、ケンジは?
「ボクは……今では手放しで信じろって方が無理だと思う」
アレだけ辛辣な言葉を浴びせられて、それでもなお女神だからと言う理由で彼女を信用するのは、ケンジには無理だった。
今では軽い敵視すらしているような気がしている。
そんなケンジを見て、カミケンは複雑な表情を浮かべる。
「俺の場合は、信用と言うのとも違う気がする」
「と言うと?」
「粕谷もエストから聞いたと思うんだけど、俺と粕谷ではエストから受ける影響が違うんだ。最初に召喚された時に、女神から受ける祝福の量、と言うか、そういったものがね」
確かに聞いた。
その祝福の量によって、ストライダーとしての力量にも差が生まれているとか。
コリヌルガルと対峙した時、とてつもない力を発揮していたカミケンを見ればわかるだろう。
召喚された時期はほとんど変わらないはずの二人だが、その成長幅には大きな隔たりがあった。
ストライダーの成長は訓練などによるものではなく、マナの摂取量によるものの方が重要だ。
ケンジとカミケンで、召喚された時期が近しいならマナの摂取量もほとんど変わらないはず。
その割りにカミケンの方が高い力を発揮できたのは、女神の祝福が多く授けられていたからなのだ。
「俺はストライダーとして強い力を得た。でもその代わりに、エストの命令にはほぼ絶対に従わなきゃいけない。例外は幾つかあるけど、レデニアの地下で君たちからファニアを奪ってしまったのも、それが原因だよ」
レデニアの地下に隠されていた霊剣ファニア。
アレを見つけたのはケンジとマリナのほうが先であったし、そこまでの道を切り開いたのも二人だ。
カミケンの性格ならば、そんな二人からお宝を強奪するようなことはしない。
それをしてしまったのは、エストの命令があったからだ。
「責任を転嫁するつもりはないけど、あの時、俺にはどうすることも出来なかった」
「……まぁ、それは良いよ。結果としてカミケンが剣を手に入れたことで、コリヌルガルを倒せたってことだろうしね」
あの時、カミケンがコリヌルガルを倒さなければ、ケンジが殺されていた。
ケンジが今も命を繋いでいるのは、カミケンのお陰である。それを恨む気は、もうない。
話を元に戻すため、ケンジは一つ咳払いを挟む。
「コホン。ってことはだ。その女神からの祝福が少ないボクの場合は、エストの命令には従わなくて良いってことだな」
「まぁ、そうなるだろうけど……元々あまりエストから命令されたことはなかったんじゃないか?」
思い返してみれば、エストから助言は貰っていたが、命令らしい命令はされていなかったように思える。
エスト側からも、ケンジに期待はかけていなかったようだし、命令するようなこともなかったと言うことか。
「なんだか微妙な心境だけど……まぁ、これからもエストの言いなりになる心配がないのは、ボクとしては助かったかな。カミケンには悪いけどね」
「いや、俺にとっても、何の道しるべもないところにエストの命令はありがたかったんだ。だから、彼女の全部が意地悪だとは思っていないよ」
「ふぅん、やっぱ君は善人なんだな」
「そんなことはないよ。臆病者なだけさ」
昔を思い出すように、遠くを見つめるカミケン。
ケンジは出来上がった料理を運び、テーブルに並べながら椅子に座った。
「何か思い当たることでも?」
「……ああ。粕谷にとってはあまり思い出したくないかもしれないけど、現世のことさ」
そう言われて、ケンジは顔をしかめる。
確かにあまり思い出したくはない過去だ。
「俺はね、本当に君の置かれている状況をどうにかしようと思ったんだ。中学生になっても状況は一向に改善しなかったし、俺がやらなきゃどうにもならないと思った」
「はは、カミケンらしいな」
そういう根っから聖人っぽい考え方が、どうにも昔から鼻についた。
ケンジにとっては哀れまれているようで、あまり良い気はしない。
「中学生になって、俺はみんなに働きかけたんだよ。イジメなんて恰好悪い、やめるべきだ、ってね。そうしたらどうなったと思う?」
「ボクに対するイジメは止まらなかったんだから、影響はなかったんだろ?」
「結果的にはそうだ。でもそこに至る過程があったんだよ。……イジメの対象が俺に向きかけたんだ」
「……は?」
それはちょっと聞いたことのない話だった。
イジメをとめようとしたカミケンが、今度はイジメの対象になりかけた?
ケンジからはそんな素振りは見て取れなかったのだが……。
「本当の話?」
「事実だよ。あの時から、俺は自分がとんでもない臆病者だと、嫌悪が続いてるんだ」
元々、迫害とは多数から見て異端である少数を貶める行為だ。
弱いものと言うのは、多くの平均以上の人間にとって少数の異端であり、虐げても反撃が来る恐れが少ないところから、よくよくイジメの標的にされる。
そして、そのイジメをしている多数から見て、イジメを糾弾しようとするのも異端たる少数であろう。
カミケンはクラスカーストでも上位であったが、転落など一瞬だったはずだ。何せ、学生時分では数の暴力はとんでもない力を持つ。
総合された多数の意識が『カミケンを迫害する』と動けば、途端にクラスカーストの最下位に落ちることもあっただろう。
「俺は自分がイジメの対象になりかけた時、すぐに君を切り捨てた。自分の身可愛さを優先して、君を見捨てたんだ」
カミケンの行動は、確かにケンジのことを慮ってのことだったのだろう。
その事自体には感謝をしても良いだろうし、ありがたく思っても良いだろう。
だが、どうしても見過ごせない点がある。
「……はぁ、やっぱりカミケンはわかっていないな」
「な、何が?」
「ハッキリ言っておくけど、ボクは君のそういう、ナチュラルに『ボクを下に見ている態度』が嫌いだ。現世にいた時からずっと、反吐が出ると思ってたよ」
「……そ、そんな風に思われてたのか」
自覚がないのがまた性質の悪いところだ。
ケンジの言い方も考えものではあるが。
「今は別に、それほど気にしてないけどさ。でもやっぱりチョイチョイ気に障るから、態度を改めてくれるとありがたい」
「き、気をつけるよ」
乱暴な物言いのケンジに対して、特に反論もなく受け入れてしまう辺りも、カミケンらしいといえばカミケンらしい。
そんなことを話していると、家のドアがノックされる。
「フィーナさんが来たかな。カミケン、出てもらえる?」
「ああ、もちろん」
席を立つカミケン。
そのまま玄関まで歩いていくのを見ているつもりだったが、
「あ、カミケン、その前に」
ちょっと呼び止める。
「うん? なに?」
「なんか、強い物言いになっちゃったけど……ボクのために何かしてくれたことに対しては、本当に感謝してる。……それだけ」
バツの悪そうな顔をして、ケンジがそんなことを言うのだ。
カミケンは少しおかしくなって、吹き出してしまう。
「ぷっ、はっははは、粕谷からそんなことを言われるなんて思わなかった」
「なんだよ、笑うことないだろ」
「いや……そうだね。そう言ってもらえると、俺も少し救われるよ。俺がやったこともまるきり無駄ではなかったのかもな、って」
笑いをかみ殺しながら、カミケンはそれだけ言って玄関のドアを開け、フィーナを迎え入れた。
ケンジが言ったのは本心だった。カミケンが自分のことを気にかけてくれているのは、心のどこかで救いになっていたのだ。
学校にも自分の味方をしてくれる人間がいる。それはケンジにとってもありがたいことだ。
そしてそれがカミケンだった、と言うのも大きい。
コイツは根っから善人なのだ、と彼の一挙手一投足から窺えるのだから、疑う余地もなかった。
――もし、別の出会い方をしていたら、友人になれたか。
以前に一度、そう考えたことがあった。
今なら即答できる。
きっと、友人になれたであろう、と。




