30 取引をしましょう
30 取引をしましょう
ケンジは今日も、エストの泉へとやってきていた。
『ケンジさんがアグリム・ドゥガルを討伐した後、ですか』
ケンジが投げかけた疑問は、先日、マリナと共に花畑へ行く途中で浮かび上がったもの。
アグリム・ドゥガルを無事に討伐した後は、一体どうなってしまうのか。
「教えていただけませんか」
『……それをお話するには、まずあなたをこちらの世界に呼んだ時の事から話した方がいいかもしれませんね』
「召喚の際に何かあったんですか?」
『召喚の際、と言うよりはそれより以前に交わされた取り決めです』
「取り決め……? エスト様と誰かが?」
『ええ、あなたたちの世界にいた神との契約です』
その言葉を聞いて、ケンジは少し驚いた。
現世では神という存在のことを伝え聞いてはいたものの、それは完全なる御伽噺のようなものだと思っていた。
何せ大抵の人間は神を見たことがない。その力を感じたことはない。
ごく稀にその姿を見て、その力を感じたことがあると公言する人間はいたが、それは総じて詐欺師かテレビ番組のでっち上げか、なんにしろ嘘つきの烙印を押される。
ケンジも神様が存在するだなんて、毛先ほども信用していなかった。
「ボクの世界にも神様がいたんですか!?」
『ええ、かなり複数の神が世界を切り分けて支配していました。私はその中の一柱と契約を交わし、ストライダーとしてふさわしい人間をこちらへ呼び出すことが出来るようになりました。そして対価としてあなた方ストライダーが仕事を全うした際、元の世界へ返すと言う約束になっているのです』
「って事は、ボクがアグリム・ドゥガルを倒すことが出来たら……」
『はい、問答無用で元の世界へ戻ることになるでしょう』
「で、でもそれがどうして対価になりえるんですか!? 現世には何の得もないじゃないですか! 契約が釣り合ってない様に思えます!」
『それが釣り合っているんですよ。……いえ、もしかしたらあちらの神の利益の方が多いかもしれません。何故ならば、あなた方はこの世界でしか手に入れられないものを手に入れているのですから』
「この世界でしか、手に入れられないもの……?」
そう言われても、ケンジにはピンと来ない。
この世界にしかないものは、確かにいろいろとある。現世では見られなかった魔法や神様、魔物や瘴気といったモノは存在している。だが、それを手に入れている、と言うのはどういうことだろう?
首をかしげるケンジに対して、エストは静かに口を開く。
『あなたの身体の中には、既に不可視不可触の新たな器官、マナを自動生成する臓器が出来上がっているのです』
「マナを作り出す臓器……? そんなものがボクの中に!?」
身体に異常は感じない。
だが、エストがそういうならそうなのかもしれない、とも思う。
『あなたがた現世人は元々マナのない世界で生活をしていました。そんな人間がこちらの世界へやってきたら、どういうわけかマナを摂取して超人としての力を身につけます。そしてさらにマナの中で生活を続けていると、自らマナを発生させることが出来るようになるのです。その器官は、この世界の人間ならば当然のように持ち合わせているものです』
「ボクも、この世界の人間のように、マナを作り出せるようになった、と」
『その通り。そしてマナの生成器官を持ったあなたが元の世界へ返るとなったら、どうなると思いますか?』
ケンジは少し首をひねって想像する。
マナを発生させるケンジが元の世界へ戻れば、ケンジの発生させるマナによって、近くの人間は超人的な力を手にするだろう。
さらに長い間、ケンジの傍にいればその人間もまた、マナ生成器官を手に入れ、その人間の周りにいた人間が超人的な力を手に入れる……このループが発生し、いずれは現世にいる全ての人類が、いやもしくは全ての生物が進化と言える現象を体験するだろう。
『推察出来たようですね。現世の神にとっては、それこそが何よりの利益。現世に住む生物全てを新たなステップへと導き、進化させることこそが目的なのです』
「じゃあ、ボクが帰る事は決まってるって事か……」
『帰りたくはありませんか?』
「元の世界ではあまり良い記憶もありませんし、出来ればこっちにいたいくらいですよ」
『……ですがすみません。私の力では契約を変更することは出来ないのです』
「そうですか。……いえ、仕方ないですよ。これもボクの運命だと思って諦めます。少しは、生きる気力も沸いてきましたし」
元々いじめられっ子だったケンジには、生きる目的も希望もなかった。だが、こちらの世界に来て色々な事を学び、それらを実践し、自分やレデニアが成長していくのを見ていると、不思議と生きる気力がわいてきたのだ。
きっと、元の世界へ戻っても力いっぱい生きていけるだろう。
『あなたをこちらの都合に巻き込んでしまって、本当に申し訳ないと思っています。ですが、私たちはあなた方ストライダーに頼るしかないのです。……どうか、お力をお貸しください』
「改まって言われなくても、ちゃんとやりますよ。何せボクは、救世主だそうですから」
頭を下げるエストに対し、ケンジは笑顔で返した。
****
ケンジが町へ戻ると、そこでもまたひと悶着起きていた。
「どうしてそんな危険なことを……」
「役人様にはわからないと思うが、これは俺たち職人の伝統行事みたいなもんだ」
庁舎の中でフィーナと工房区の職人、その中でも元々レデニアに住んでいた古株の連中が集まっているのである。
フィーナは少し困った様子で、職人たちも悪いことをしたと認めてはいるが、それでも自分たちは間違っていない、といった雰囲気である。
「何かあったんですか?」
「あ、ケンジさん……」
「ストライダーならわかってくれるか?」
ケンジが顔を出すと、フィーナと職人たちに詰め寄られる。
「また何か困ったことでも?」
「いえ、困ったこと自体は収束したんです。何もなくて本当に良かった……」
「えっと……話が見えないんですが」
「順を追ってお話しますわ」
フィーナに勧められ、ケンジは椅子に座った。
事の起こりは数日前。
解放された坑道には輸送路も整備され、その整備には職人たちも多大に貢献してくれた。
それゆえにフィーナの目論見よりもかなり早く、輸送路の整備は終了し、エストの水を運び込めば鉱石の採掘も可能だろう、と言うところまで来ていたのである。
だが、庁舎側からしてみれば、これから冬になると雪が降り、輸送や採掘作業にも弊害が出るとして、今年中の採掘の再開は見合わせる、との発表があったのである。
職人たちはこれに強く抗議した。
何故なら彼らにとって毎年初の鉱石を打って作品に仕上げるのは神事に近い。
これまでアグリム・ドゥガルが現れてからの二年分、坑道も閉鎖されてその神事も行えなかったのである。今年になってようやく出来ると思ったら、それは来年までお預けだと言うのだ。
職人たちとしてはそれに抗議しないわけにはいかないだろう。
だが庁舎としても市民の安全を思ってのことだ。瘴気が未だ充満している坑道で作業していては最悪死に至る可能性もある。そんな場所に市民を送り込んで採掘など、もってのほかと考えていたのだ。
両者の意見は対立し、平行線を辿る。
そして今回、とうとう職人連中の有志が勝手に坑道へ潜り込んで、浅い層から鉱石を採掘してきてしまったのだ。
幸い、坑道に入った連中に健康被害はなかったものの、これは庁舎として見過ごすわけにもいかない。
そんなわけで、職人組合の年寄りを呼び寄せて、こうしてまた話し合い、と言うより注意の場を設けたのであった。
「なるほど、お話は大体わかりました」
話を聞いてケンジも頷く。
両者の考えはどちらも理解できる。
「ストライダーなら、俺たちの気持ちを理解してくれるだろ?」
「ケンジさん……」
両者に視線を送られ、なんとも居心地の悪い気分を味わいながらも、ケンジは一つ咳払いをした。
「確かに、職人さんたちの気持ちはよくわかります。これまで大事にしてきた行事を行えなかったうえ、それがまたお預けになるというのは苦しかったでしょう。坑道の解放に手間取ったのはボクにも責任があります」
「そうだそうだ!」
「しかし、それでもフィーナさんをはじめ、庁舎の役人の方々があなた方のためを思って政策を打ち出したというのは、充分に理解していると思います」
「うっ……」
そこは職人連中もバカではない。自分たちが犯した危険の重大さも思い知っているはずだ。
だが、そこまでしてでも彼らはこの行事を行いたかったのである。
「フィーナさん、坑道の浅い層でなら採掘も可能なのではありませんか?」
「それはそうですが、浅い層では大した鉱石は残っていません。加工に最適な鉱石を得るにはやはりもっと深い場所へ行かないと……」
「しかし、神事は形だけでもやっておかねば気持ちが悪いものです。初詣を怠れば、新年を迎えた気分にはなれないでしょ」
「ハツモウデ?」
「……すみません、現世の話をしてしまいました。とにかく、職人さんたちも充分反省しているようですし、神事に必要な分の鉱石ぐらいは浅い層から集めてみてもいいのでは?」
「おぉ! ストライダー! よく言った!」
「しかし、それでは……」
「輸送の手続きを確認する練習にもなります。何度かこなしておけば、来年の本番で戸惑うことも少ないと思いますよ」
ケンジにそうまで言われて、フィーナは深くため息をついた。
彼女も元々、それほど重大な事件にする気はなかったのである。
ここらあたりが落としどころか。
「わかりました。ただし、こちらが確実に安全だ、と思える地点より先に進んだ場合、即刻採掘の中止、さらには職人組合に重大な罰を下します。それでもよろしければ」
「おぉ! それでいいぞ!」
両者はこれで合意し、これからしばらくの間、坑道付近が忙しくなることとなった。
****
職人組合の面々が庁舎を去った後、疲れた様子でフィーナがソファに体をうずめる。
「どうしてこう……厄介なことばかり起こるのでしょうね」
「すみません、フィーナさん。今回は職人さんの肩を持つ形になってしまって」
ケンジはお茶を入れてフィーナに差し出す。
それを受け取ったフィーナは、一口飲んでもう一度大きなため息をついた。
「本当ですよ。これで事故が起こったりしたら、ケンジさんはどうするつもりなんですか」
「あ、いや……すみません。でも、職人さんたちもそこまで危険は冒さないと思いますよ」
「当然です。それをさせないために、我々も動かなければなりません」
抑止力として妥当なのは自警団であろうか。
彼らを数人、坑道まで派遣して、採掘作業中の監視を命じなければならないだろう。
「あ、そうです。折角ですから職人さんたちに仕事を請け負ってもらいましょう」
「何かやる予定があるんですか?」
「来年には坑夫を雇いますが、彼らの住居は坑道近くに建てる予定なんです。その方が仕事も捗りますしね」
農民が町の外に農村を作っているのと同じように、坑夫には坑道付近に村を作ってもらうと言う寸法である。レデニアの全盛期の時にも坑道の近くには集落が作ってあった。
その村を作るための作業を職人連中にも手伝わせれば一石二鳥である。さらに今回の取引に使うとなれば、コストも値切れるだろう。
「あ、またフィーナさんが悪い顔をしている」
「え? 私そんな顔してます?」
「たまに。……大体悪巧みか儲け話を考えてる時にそういう顔をしてます」
「あら嫌だわ、うふふふ」
照れ笑いで隠そうとしているが、ケンジの顔には焼き付いて離れない。
あの企み顔がこちらに向けられないように注意しなくては。




