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31 神事・鉄の神様へ

31 神事・鉄の神様へ


坑道での採掘は滞りなく進んだ。

 職人連中はフィーナからの交換条件も二つ返事で飲み、採掘に汗水をたらした。

 急ピッチで進められた採掘だったが、十日を過ぎた頃には充分な量の鉱石を手に入れ、それをレデニアまで輸送出来たのである。

 ここまでは何の滞りもなかった。

 運ばれた鉱石に、魔術師が目をつけたのだ。


****


「これは……魔力を多量に含んでいますね」

「魔力、ですか」

 運びこまれた鉱石を集めて、魔術師たちがその鑑定を行っていた。

 ヨネスを筆頭に、協会支部に登録済みの魔術師が数名、全ての鉱石を鑑定して回っているのである。

 その結果、ほぼ全ての鉱石に大量の魔力が検出された。

 それを聞いて、ケンジは首をひねる

「それが何か問題なんですか?」

「魔力を含む鉄は、加工に特殊な技法が必要なのです。それを知らずに加工したなら、使用した道具などに致命的な傷を与えかねません。最悪の場合、工房区が立ち行かなくなります」

「そんなに強い影響が……」

「しかも、この鉄は恐らく……瘴気の影響を受けて変質したものでしょう。これでは我々魔術師でもどうなることか予測がつきません。手を出すならば慎重にしないと」

 北の森全域に広がっていた瘴気は、森の木々や草花を奇形に変質させた。それが鉄鉱石にも影響を及ぼしていてもなんら不思議はあるまい。

 だが問題は職人側だ。

「そんな事言ったって困るぜ。こちとら、これを加工するために今日まで頑張ってきたんだ」

「それが水の泡ってんなら、ちょっと道理が通らん」

 語気はまだ穏便なものだが、態度は巌としている。きっとてこでも動くまい。

「アンタら魔術師がその技法とやらを知っているなら俺たちに教えてくれ。それが難しいなら加工に立ち会ってくれるんでもいい」

「技法を一朝一夕で身につけるのは難しいでしょう。それに、我々が立ち会ったところで実際に作業をするあなた方がどうにかしなければならないことです。こればかりはどうにも……」

 意見は平行線であった。

 職人たちはどうしても神事を執り行いたい。だが、道具に致命的な傷が起きるのも嫌だ。

 魔術師たちもどうにか協力してやりたい。だが、今のところは我慢しておけ、と言うのが最善策だと言うのをわかっている。

「……あ、いや待てよ?」

 そこに一つ、職人の中から声が上がる。

 それはまさに鶴の一声であった。


「それで、私たちを頼ってきた、と」

 やって来たのはレンツ工房。

 目の悪い姉であり、工房の主であったレンツと、その妹でありレデニア一の研ぎ士といわれるエニが運営している工房だ。

 職人とヨネス、そしてケンジが訪問してきたのに、応対したのはエニであった。

「お断りいたします」

 そして、返答はとても冷たいものだ。

「ど、どうしてだ!? これはレンツにしか出来ないことだ」

「だからこそ、お断りするんです」

 困惑する職人と、全く取り付く島のないエニ。

 状況が見えないケンジは、ヨネスに顔を寄せる。

「ど、どういうことなんです?」

「レンツさんは……魔術を扱う鍛冶士なんですよ」

「魔術を? それは知らなかった」

 レンツとエニとは面識があったケンジであったが、レンツが魔術師だとは聞いていなかった。

 だが確かに『レンツの仕事は今のトレンドに合わない』とか、『ちょっと特殊である』といったことをエニがいっていたような気がする。

 魔術を扱う鍛冶などは確かに特殊であろうか。

「レンツさんは元々女性ですから、男性と比べれば当然、筋力に差が出ます。それを補うために、彼女は普段から魔術を嗜み、自分の身体能力を向上させつつ鍛冶を行う技術を覚えました。私も少し協力しました」

「それが、魔力を宿した鉄を加工するのに、有効な技術なんですか?」

「ええもちろん。鉄に宿る魔力の流れを機敏に察知することが出来れば、どこを撃てばいいのか、いつ冷やせばいいのか、そういったことに感付けるはずです」

 ヨネスたち魔術師が危険視しているのは、鉄の中に宿る魔力の暴発である。

 元々高熱を扱って鉱石を溶かしたり、加工したりする鍛冶では、その熱に中てられて魔力が爆発してしまう可能性もある。そうしたら、最悪工房区の一角が消し飛ぶまである。

 それを回避するためには鉄の状態を細かに察知し、それに対応する技術が必要になる。そのどちらも備えた人間は、今のところレンツしかいない。

「ボクも魔術がもっと上手く扱えれば良いんだけどなぁ」

「ケンジさんは魔術の才には恵まれなかったようですからね。そればかりはいかんともしがたいでしょう」

 ケンジがどれだけブレイヴを使って魔術を使おうとしても、いまいち効果が芳しくないのは才能の所為でもあるらしい。

 産まれついての才能など、どうしようもない部分で否定されてしまっては、どうしようもない。努力によってある程度は埋められるだろうが、そうしている時間を別のことに当てたほうが幾分か建設的であろう。

 それはともかく、今はエニの塩対応だ。

「エニ……どうしてそんなに嫌がるのさ?」

「ストライダー様……あなたは姉がどうして目を悪くしたのか、ご存じないのですね」

「え? そりゃ……誰からも聞いていないし」

「姉の目が悪いのは、鍛冶仕事の所為です」

「それって、どういう……?」

「鍛冶は元々、超高温になり赤熱した鉄を長く見続ける仕事です。その光は目に悪く、最悪の場合は光を失うでしょう。工房区でも同じような症状の方々が多くいるはずです」

 それには職人も喉を鳴らす。確かに職人連中には目を悪くして引退した人間は多数いる。

 鍛冶士というのは高温に熱せられた鉄を見る仕事であり、それは白内障を引き起こす原因にもなる。現世でも多くの鍛冶士が視力をやられた歴史もあった。

 レンツの場合、彼女は魔術を用いて身体能力の総合的な向上まで行っている。その強化された視力で鉄を見れば、生身の神経がやられてもおかしくはあるまい。

 レンツの症状も既に仕事が出来るようなレベルではないかもしれない。そこに無理を言って仕事をさせるのは非道と言うヤツだろうか。

 だが、そうなると今年の神事は取りやめとなるだろう。

 これも職人連中のワガママではあったが、神事はとても重要な行事である。出来る限り完遂させたい気持ちもある。

「……お話はこれまでのようですね。お引取りください」

 葛藤を抱える職人に、エニは冷たく言い放つ。

 彼女の態度も納得できるものだ。姉を想うのは妹として当然のことである。

 それを考えれば無理強いは出来まい。

 そう考えて、一行が腰を上げかけたその時。

「待ってくださいぃ」

「お、お姉ちゃん!?」

 工房の奥から、よたよたと覚束ない足取りでレンツが現れる。

 彼女はエニに支えられながらも三人の前に座り、すっと頭を下げた。

「そのお役目、ウチに任せてもらえないでしょうかぁ」

「え!?」

「お姉ちゃん!」

 レンツの言葉に耳を疑ったのは、三人だけではなく、エニも同様であった。

「なに言ってるの! お姉ちゃんはもう仕事を出来るような身体じゃ……」

「だからこそだよぉ」

「……え?」

「もう今後、ウチは仕事が出来ないかもしれない。もう鉄を打つことはないかもしれない。でも、だからこそ、こんな機会でないと、ウチはもうそこに胡坐をかいて鎚を握れなくなってしまうと思ってぇ」

「そのままで良いんだよ! 私の稼ぎでも生活は出来るでしょ!? お姉ちゃんが頑張る必要なんて……」

「生活とか、そういうんじゃないんよぉ。これは……ウチの魂の問題だからぁ」

 レンツが、エニを見据える。

 その瞳では既に彼女の顔もぼやけているだろうに、それでもまっすぐにその両の目を射抜いたのである。

 強く、固い意志によって熾るその光。

 レンツの瞳の奥に宿っている猛る情熱の炎を、エニは見た気がした。

 その光を見て、エニはもう何も言えなくなった。

「ごめんね、エニ。バカなお姉ちゃんでぇ」

「……仕方ないよ。私もそんなお姉ちゃんだから好きになったんだし」

 実質上の合意を受け、レンツは再び三人に頭を下げる。

「どうか、よろしくお願いします」


****


 工房区の開けた場所に、櫓が組まれる。

 既にインゴットに加工し終わった鉄が用意され、その櫓の上には火力担当の魔術師と、今回の主役であるレンツ、そして相槌役にケンジが立っていた。

「ぼ、ボクが相槌で良いんですか?」

「あなたほどの適役はいないと思いますよぉ、ストライダーさん」

 確かに、今現在魔術が使えて、かつ咄嗟に鍛冶技術を習得できる人間など、ケンジぐらいしかいなかった。

「ただしぃ、ウチは本気でこの仕事を完璧なものにするつもりですんでぇ。ちょっとでも手を抜いたらこの金槌がストライダーさんに向けられると思ってくださいねぇ」

「さらっと恐ろしい事言いますね……」

「さて、ではウチも本気を出しますよぉ」

 そう言って、レンツは両の手を前に差し出す。

 すると、彼女の手首になにやら光の輪が発生し始めた。

「遥か天を衝く峰の主よ、我が身に祝福を宿したまえ」

 それは魔術を使う時の決まり文句である。

 力を借りる精霊や神に挨拶をして、その後に得たい効果を付け加える。

 マリナも魔術を発動させる時には同じようなことを呟いていた。ただし、力を借りる相手は全く別物らしい。

 呪文の後、レンツは現れた光の腕輪によって祝福を授かる。それは身体能力を遥かに向上させる魔術。彼女が鍛冶を行う際には毎回発動しているものだ。

 これによって、彼女は大人顔負けの力を得る。その代償も大きいようだが。

「これでよし、とぉ」

 身体の具合を確かめるように、軽く腕を回したりしているレンツ。

 その手に金槌を掴み、金床に向かった。

 そして、やっとこに掴まれた鉄の棒が引き抜かれ、その赤熱した姿を現す。

「さぁ、いきますよぉ、ストライダーさん!」

「は、はい!」

 レンツの目は見開かれている。

 その視力では既にほとんどものが見えていないというが、振り下ろされた鎚は正確に鉄を打った。

 火花が散り、柔らかくなった鉄は少し形を変える。

「時間との勝負ですからぁ、速めにやりますよぉ」

「え、えっと、お手柔らかに!」

 ガツンガツンと鉄を叩く音、その度に弾ける火花。

 レンツの鎚は休むことを知らず、それについていくケンジはやっとの思いであった。

 彼女は本当に目が見えていないのだろうか、と疑ってしまうほどの精緻な業は、ほとんど素人であるケンジにとっては神業に近いようにも思えた。

 実際、レンツが全盛期の頃にはレデニア随一の鍛冶士とも称えられたほどである。

 彼女の仕事によって生み出されるこの作品は、ケンジさえ誤らなければ、最高の作品になるはずである。

 ゆえに、プレッシャーがすさまじい。

 ケンジが得た鍛冶の技術、そのブレイヴの元はレンツである。

 彼女の記憶、彼女の技術を受け継いだケンジには、彼女の信条がそのまま感じ取れた。

 まさに魂を削るかのような作業。それを是としている。

 ケンジはそれに後れを取らないように、緊張の糸を張り詰めたままで作業をしなければならない。

 目の前には高熱の鉄、そしてすぐ傍に炉。

 熱気がケンジの肌を舐め、体温も上昇する。

 そのうち頭はくらくらしてくるし、視界もぶれ始めてしまう。

 そんな極限状態のなか、どうにかこうにか、レンツの相槌を勤めた。


 結果――

「これで全工程、終了ですぅ。お疲れさまぁ」

 鉄桶にためられた水に鉄の棒が突っ込まれて、ジュウという音と共に湯気が上がる。

 未だ高い熱を持っていた鉄は一気に冷やされ、その硬度を増していく。

 出来上がった形は、剣。

「これ、剣ですか」

 汗をぬぐい、極限状態から解放されたケンジは、その場にへたり込みながら完成品を見る。

「そうですぅ。これは、またストライダーさんに使ってもらいたいですねぇ」

「ボクが……」

 桶から取り出された剣の原型。

 まだその鋭さはないものの、確かな力を感じさせる。

「ストライダーさん、あなたの国では、剣の神様はなんと言うお名前でしたかぁ?」

「剣の神様……? えっと……」

 不意に尋ねられて、ケンジは咄嗟に頭の中で考えを巡らせる。

 リアル中学生であったケンジにとって、神話なんて基本教養のようなものだったが、すぐに出てきたのは

「ふ、フツヌシさま」

 微妙にメジャーを離れた名前であった。

「フツヌシさま。ではそのお名前を頂きまして、この剣の銘は『フツ・レンツィス』としましょう。完成まで今しばらくお待ちくださいねぇ」

「フツ・レンツィス……」

 銘を与えられた剣は、なおいっそう輝きを放っているように見えた。


****


「姉がレデニアで一番の鍛冶士なんて呼ばれるようになったのは、アグリム・ドゥガルがやってきてからなんです」

 後日、フツ・レンツィスの研ぎを任されたエニを訪ねると、作業の合間にそんな話をしてくれた。

 鍛冶の際は大量の魔力が渦巻いて大変危険な状態だった鉄であったが、全てが終わった後、魔力は鉄に良く馴染み、現在では安定していると言う。

 ゆえに研磨などの加工は安全に行えるとかなんとか。

 これもレンツの腕のなせる業、と言うことか。

 さて、それよりも、である。

 ケンジはエニの言葉を鸚鵡返しのように呟く。

「アグリム・ドゥガルが来てからって言うと……」

「お察しの通り、ストライダー様が原因です。あなたとは別の、鍛冶について造詣の深かった方がストライダーになった時、姉とは良くお話をしていました」

 アグリム・ドゥガルが現れてから、ストライダーが呼び出された数はケンジを含めて九人。

 その中に鍛冶の技術に長けた人間が選ばれる、と言うのもありえない話ではあるまい。

「姉はストライダー様の技術や知識を、乾いた土に水をたらすように吸収し、瞬く間に現世と呼ばれるあなたがたの世界の技術を手に入れました。それからはレデニアでも変わり者の鍛冶士として名も馳せましたね」

 元々魔術を使って鍛冶仕事をしていたレンツである。

 さらに現世の知識や技術を用いた仕事をしたなら、それは奇異の目で見られてもおかしくはないだろう。

「変わり者と呼ばれはしましたが、出来上がるものは一級品ばかりでした。そんな姉が、私も自慢でした」

「でも、レンツさんは目を……」

「あのストライダー様が姉に鍛冶のことを話さなければ、と思ったことはあります。あのストライダー様がいなければ、姉の目ももう少し良い状況だったのでは、と」

 ストライダーから現世の知識を得たレンツは、何かに取り付かれたように金床に向かったと言う。

 来る日も来る日も鉄を撃ちつけ、その度に高い品質の作品を作り上げた。

 そんな毎日は、確実にレンツの目を蝕んだだろう。

「エニは、ストライダーを恨んでいるの?」

「……いいえ、それも詮無いことだと充分わかっています。きっと姉はストライダー様が来なくても、いつかはこうなっていました」

 現在、レンツは工房の奥でいつもどおりぼやぼやしている。

 目の悪い彼女がうろつくと、エニが心配してしまう。それを姉も理解しているのだ。

「だから私は、こう考えることにしたんです」

 エニは一度、砥石から剣を離し、出来上がりを確かめるように掲げる。

 その目には、子を慈しむような、母にも似た光が差していた。

「せめて、姉の作る最高の作品を、さらに押し上げる研ぎ士になろう、と」

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