第27話 それぞれの喪失に、名前を
季節が、ひとつ巡った。世界では数ヶ月。六人の体では、そこに数年ぶんの疲れが乗っかった時間が。
みんな、少しずつ前を向いていた。――ただ一人、終を、のぞいて。夜ごと、会ったこともない人の葬式が、嗅いだこともない村の匂いが、自分のものの顔をして、胸を締めつける。
季節が、ひとつ巡った。世界の時間では数ヶ月。六人の体感では、それに数年ぶんの疲れが乗っかった時間が。
市原終は、心霊配信をやめた。正確には看板を掛け替えた。うさんくさい事故物件チャンネルを畳んで、代わりに始めたのが、失踪者を探す小さな配信だった。地味で、再生数も微妙だ。けれど、たまに本当に見つかる。二十年離れていた誰かの手が、また繋がる瞬間がある。その依頼人の泣き顔を見るたびに、終は思う。ああ、これがやりたかったんだ、と。バズりたかったんじゃない。手を離した誰かを、もう一度繋げたかった。それだけの話だったんだ。
如月科学は、相変わらず数字を信じていた。ただ、目が悪くなり、利き手が時々、理由もなく震える。老いが、二十歳そこそこの体に先回りして来てしまった。昔は「データで説明できないものなんてない」と言い切っていた。今は少し違う。「説明できないものも、たしかにある。でも、だからって“ない”ことにはならない」。
浅倉結衣は、あいかわらずよく走っていた。前よりずっと早く息が上がる。払った時間のぶんだけ。それでもやめなかった。喪失に“兄”というちゃんとした名前をつけて、その名前を胸に抱いたまま、笑って走る。消すものじゃなくて、連れていくもの。あしかたが、そう教えてくれた。――ついでに言えば、放課後に蓮をクレープ屋へ引っぱっていく回数も、増えた。返事は、まだもらえていないらしい。
◇
舞と科学のアパートは、いつのまにか四人のたまり場になっていた。舞。科学。あしかた。そして、零。
零の記憶は、まだ戻らない。時々、自分がどこにいるのかわからなくなる。そのたび、仲間が名前を呼ぶ。「おまえは峰岸零。おれと舞の、いちばん優しい幼馴染だ」。覚えていない過去を、何度でも話して、上書きしていく。記憶を削る洋館の、ちょうど正反対の営み。あの檻への、いちばん静かな仕返しだった。
あしかたは、少しずつ“ふつうの子”になっていった。人ごみも、大きな音も、夜に電気を消すことも、最初はこわかった。それでも、初めてアイスを食べて「つめたい! あまい!」とはしゃぎ、初めて「ただいま」を言えた日、舞はこっそり台所で泣いた。何百年、たった一人でみんなの悲しみを預かってきた子が、今は誰かに「おかえり」と言ってもらえる。それだけのことが、奇跡みたいにまぶしかった。
◇
みんなが、少しずつ、前を向いていた。
ただ一人――終を、のぞいて。
終には、ほかの五人が知らない変化があった。夜、ふいに、見知らぬ悲しみがこみ上げる。会ったこともない人の葬式。嗅いだこともない村の、涸れた田の匂い。自分のものではない後悔が、自分のものの顔をして、胸を締めつける。あしかたから偏って流れ込んだ、何百年の端切れ。それが、終の中でだけ、薄まらずに、生き続けていた。
最初は戸惑った。だが終は、追い払わなかった。「……あんたの悲しみも、ちょっとは、おれが持つよ」。誰にともなく呟いて、受け入れた。それが、受け皿になる、ということだと。
――ただ、時々こわくなる。どこまでが自分の悲しみで、どこからが流れてきたものなのか。その境目が、日に日に、曖昧になっていく。先月は、行ったこともない集落への帰り道を、体が覚えていた。先週は、知らない子の名前を、危うく呼びそうになった。鏡の中の、弟より年上になった顔を、終は、もう長く見られない。――おれは、いつまで、市原終で、いられるんだろう。その問いだけは、誰にも、言えずにいた。
どこまでが自分の悲しみで、どこからが流れてきたものなのか。その境目が、日に日に、曖昧になっていく。先週は、知らない子の名前を、危うく呼びそうになった。
鏡の中の、弟より年上になった顔を、終は、もう長く見られない。――おれは、いつまで、市原終で、いられるんだろう。その問いだけは、まだ、誰にも、言えずにいる。




