いがみ合うふたり
「で、すぐにでも現場に行きたいというのかね?」
勅使河原少将が、かけていた眼鏡を机に置き、腕を組んだ。
「わたしは警備隊員に話を聞くだけで事が足りると思っているが、それでは十分でないのか?」
「はい。普通なら重要な証言を取れるでしょうが、今回は検察どころか、我々弁護側すら拒絶されてる状況ですので」
休めの姿勢で起立する嵯峨が、生真面目な報告をする。
「君も同じ意見かね、柳沢くん」
「現場を見ておくのは必要かと」
意見を求められて、柳沢少佐は答えた。婚約者である嵯峨を信頼しているのか、彼女の考えに反対する気は無いらしい。
「あそこがどういう場所か、知っているのかね?」
少将の懸念はもっともだった。警備隊が事故を起こしたのは一応は皇国の領海内とはいえ、すぐそばに無差別攻撃地帯、つまり古代からの魔獣たちの巣があるのだ。
雨のような砲撃で抑えてはいるが、危険度が高いことには違いない。
さらにその沼地を挟んだすぐ隣りには、いまだ帝皇戦争の遺恨が残る巨大帝国が広がっている。むやみやたらと、近づくべき場所ではなかった。
「しかし、今回は必要だと考えています」
単なる思いつきでないのは、嵯峨の表情から見てとれる。嵯峨が軽々しく行動する女性でないことも、少将は理解してはいた。
「失礼します」
タイミング悪く、というべきか、少将に呼ばれていると聞いた廣瀬が、ドアをノックした。
「嵯峨?少佐も。おふたりも呼ばれたのですか?」
「いや、別だが。まぁ良い。君の意見も聞かせてくれないか?」
少将が手首だけで廣瀬を招き入れ、
「わたしが警備隊の事故調査から外れるように言ったんだが、少し手伝いを頼みたい」
「何でしょう?」
小さく敬礼した後、休めの姿勢で嵯峨の隣りに立った。それを嵯峨がちらりと見て、眉を顰めた。
「嵯峨中尉が、今回の事故の状況を詳しく知るために現場に行きたいと言っているんだが」
「現場に?必要ないでしょう。第一、あそこは危険すぎます」
廣瀬はアッハと笑って頭から否定した。むしろ、冗談だと思った。
「だから行くのよ!彼らは絶対に、何かを、隠してる」
そんな廣瀬の感想を嘲りととったのか、嵯峨はいつになく噛みついた。これは、廣瀬にも意外だった。嵯峨が感情剥き出しで文句を言ってくるとは思っていなかったのだ。
しかもいつもみたいに廣瀬の目を真っ向から見るのではなく、その後ろに付いて来ていた藤原中尉をチラチラと気にしている様子だった。藤原が検察側だといっても、少し意識しすぎているだろう。
「隠してるって、キミは弁護側だぞ?真相究明は仕事じゃない」
「真相がわからない今のままじゃ、弁護なんてしようがないわ」
嵯峨はますます、語気を荒くした。その剣幕に、藤原が怯えて廣瀬の背に隠れる。それを見て、また嵯峨が睨むように眼つきを鋭くした。
廣瀬は苦笑いするしかない。藤原への対抗意識の身代わりに、廣瀬が当てつけられているようだった。仕方なしに、廣瀬は諄々と嵯峨を諭した。
「警備隊員たちが信用できないっていうのか?」
非協力的なのは確かだが、
「今回の件に関しては、ね」
嵯峨はそれ以上の焦りを感じているらしい。
「で、何か現場に行って目算はあるのか?」
「それは……、これからよ」
気弱に、声のトーンが落ちた。嵯峨の素直なところだった。逆に、ここで追い討ちをかけてしまうのが、廣瀬の悪いところだった。
「馬鹿な。そんな程度の根拠で行くには、あそこは危険すぎるだろ。もっと確固たる理由を考えてからにするんだな」
ヘラッと笑う。
「皇国の領海内です。そんなに危険は無いんじゃないですか?」
見かねたのか、さっきまでおどおどしていた坂本が口を挟んだ。
「お前はどっちの味方だよ」
あいかわらずの坂本に、廣瀬は苦笑した。余計なタイミングで、言いくるめれそうな所をかき混ぜやがる。まぁそれはともかく、
「百歩譲って行く価値があるとしよう。それにキミが行くってのには、とても賛成できない」
「なぜよ?」
「キミが女だからだ。危険すぎる」
「冗談じゃないわ!知ってはいたけど、あなたってホント嫌な奴ね!!女だから家にこもって守られてろって?侮辱するのもいい加減にして!」
断言した廣瀬に、嵯峨がまた噛みついた。思わぬ反撃を受け、廣瀬もつい意固地になる。
「侮辱なんてしてない!事実を言ってるだけだ!」
「事実?あなたの単なる思い込みでしょ!女だって、立派な軍人よ!少将、許可をお願いします!」
「認められるわけないだろ!」
「あんたには聞いてない!」
「やめたまえ!ふたりとも!」
怒鳴りあった廣瀬と嵯峨に、少将の怒声が落ちた。
「少しは冷静になったらどうだね?今回の件は慎重に調べなければならん。弁護側が必要だというのなら仕方ない、特別に認めよう。沿岸に詳しい警備隊員にも、中尉の護衛を依頼しよう」
「そんな無茶な……。それなら代わりにボクが行きます」
廣瀬が胸を叩いて主張した。
「あなたが行っても信用ならないわ」
「どういう意味だ!?」
「やめろ!この話は以上だ。中尉と柳沢少佐には特別に渡航を認める。ただし、一晩だけだ。延長は認めない。危険を感じたら、……少佐、無理やりにでも戻ってこさせてくれ」
「少将!」
廣瀬はなおも反対した。無差別攻撃地帯のそばなんていう危険な場所に、嵯峨を送り込むなんてことに賛成できるわけがない。これはあくまで同僚として心配しているのだ。対抗意識などといった、それ以外の感情はない、と廣瀬は思っている。
「大尉、キミには別の用事を頼みたい」
「危険地帯に向かう同僚を、ただ見送るだけより大事な用件ですか?」
口を歪めて、廣瀬が言った。
「皮肉を言うな。まぁそれと同じくらい、……軍にとっては必要な仕事だ」
「?聞きましょう」
フーッと息をつき、少将は眼鏡をかけ直してメモを見た。
「午後に、議会の芦原議長が来られる。我々に色々と訊きたいことがあるそうだ」
「つまり、議長のホスト役をしろ、と?」
それが重要な任務とは…、と廣瀬は呆れて文句も出ない。
「本来ならわたしがお迎えするべきなのだが、この後に軍長官から呼ばれていて外せない。芦原議長からも“現役の法務官”と話をしたいと申し出があったため、キミに頼むことにした。まぁキミなら心配は無いが、失礼の無いようにしてくれ。それと、余計な勘ぐりはされるなよ」
危険地域に調査に行く同僚を見送って、議長のご機嫌とりをする。
(ホント、たいした任務だ)
廣瀬はため息しか出なかった。
「了解しました」
敬礼はしたが、なおも隣りの嵯峨と柳沢をちらりと見ると、口の中に何か苦い物が広がっていく気分だった。




