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藤原と土居

 正直な話、藤原中尉にとって二つの案件を同時に抱えることは、さほど負担のかかることではない。しかし協力関係という面において望ましく無い、とも考えていた。




「取り引きをしませんか?」


 いつも通り、藤原の出してくる要求は唐突だ。事務処理のためにペンを走らせていた土居大尉の前に手を突き、覗き込むようにしてニッコリ微笑む。


「取り引き?」

 本来持ちかける側の劣勢な立場にいる土居は、驚きながら手を止めて反問した。大体が、予備審問の段階で取り引きの余地は無い、と突っぱねたのは、彼女の方だったではないか。



「そう、大尉の言うとおり、こないだの爆発事故についてもう一度、調べ直してみます。調査期間延長の同意書類にも、サインしてあげますわ」

「それは助かるが……」


 言葉を飲んだ土居の向かいに座り、肘をつき、細い指を交わした両手の甲へ、美しく尖った顎を乗せる。

(顔が少し近すぎる……)

 土居はやや迷惑に思って、眉をひそめた。



 藤原独特の魅了魔法にかからない彼は、他の男性法務官のように、藤原の微笑みひとつだけでホイホイと簡単に了承したりはしない。冷たく拒否していたはずの藤原の心変わりが、不審でならない。


「罠か?」とも思う。対立した法務官同士は、場合によっては平気で騙し合いもするからだ。


 それでもこの取り引きは、土居にとってかなりありがたい提案ではあった。廣瀬から貰ったヒントを検証する時間が欲しい。




「見返りは何かな?」


 藤原の意図を探るように尋ねた。要求から、彼女の光が零れる笑顔の下の、その素顔を測ろうとする。

「少し恥ずかしいんだけれど……」

 クスリと微笑む。土居から見ても、キラキラと美しい。


「大尉のお友達を、何人か紹介してくれませんでしょうか?」

「わたしに男を紹介しろっていうのか?」



 素っ頓狂な声を、土居は上げた。仕事とはまるっきり無関係じゃないか。第一、法曹の仕事に対して不謹慎すぎる。

(廣瀬じゃあるまいし……)


 奴の場合、土居に女友達が多いことをいいことに、それをダシにして女性を食事に誘ったりする。「友達の誼だ」とか、都合の良いことを言う。

 結果、いつも迷惑を被るのは、土居の方ばかりだった。


(思い出したら、また腹が立ってきた)


 苦虫を噛む以上に、舌打ちして頬を歪めた。

 だが、いまはそんな事どうでもいい。



「そもそもキミは、言い寄ってくる男なんかに困ってないんじゃないのか?」

「ええ、そうですね」

 土居の皮肉に、藤原は悪びれもなく、あっさりと肯定した。


「でもなかなかと、『独り身で余ってて良い男』っていうのが、いないものなんですよね」

 やれやれと、嘆息するように笑う。そんな仕草も魅力的だ。

「あぁ、確かに」


 同じく『独り身で余ってて良い男』が少ないことを嘆いている土居も、共感して苦笑いをこぼした。これだけの規模の兵学校でも、条件に合う相手は貴重だ。笑いながら、土居はふと思い出して、言ってみた。


「それなら、廣瀬なんていいんじゃないか?いま丁度フリーだっていうし、何より手近で知らない仲じゃないし」

 見る間に、今度は藤原が顔を歪めた。



「独り身の、“良い男”がいいの」



 声までが、ヒヤリとするほど冷たくなる。

「……すまない、そこが抜けていた…」


 奴は才能もキャリアも申し分ないが、とても誉められた性格ではない。藤原も同僚だけに、よく知っているんだろう。

(まぁ、似た者同士の同族嫌悪だろうがね)

 土居からすれば、どちらも『嫌な奴』に違いない。


(この女性が、同性の女性陣にも人気があるというのが不思議だ)


 男女双方の視点から藤原を見れる土居には、彼女は要領よく立ち回る八方美人にしか映らない。その上、自分の美貌を最大限に利用する、廣瀬とよく似た“嫌な奴”だ。決っして無邪気で無垢なほんわか娘なんかじゃない。



「そうだ、それじゃあ彼なんかいいんじゃないのかな?」

 名誉挽回に、土居は自前のいい男リスト上位から見繕ってみた。


「ほら、司令部の隠岐参謀官だ。少し年上だが、申し分ない男だぞ」

「ぶー。話にならないですね」


 藤原はあっさりと首を振る。今度は廣瀬のときのような全否定ではなく、明るい含み笑いの入ったものだった。しかし、お気に入りを否定された土居は、少しムッとした。


「なぜだ?彼はハンサムだし……それに、賢くて旅行好きで、ワイルドかつ洗練されたファッションセンスもある。ボディビルの学園代表選手だ」

「……だからぁ…、つまりは“ゲイ”ってことでしょ?」

「……」


 ジトッと頬杖ついて、芝居がかった顔で睨む藤原。土居は斜め上の宙に視線を逸らせ、

「あ~、うん」

 そそくさと、広げていた書類を片付けだした。


「……ちょっと用事を思い出した…」

 書類を小脇にかかえ、出て行こうとする。操作する端末に、すでに件の隠岐参謀官の名前を表示させて。



 その土居の制服の端を、藤原が摘んだ。


「デートに誘う電話をかけに行くんなら、その前に彼の部下の両沢企画参謀補佐の連絡先を、ここに書いて行って下さいね」

 土居が逃げるのを制止し、ひらひらと、メモとペンを揺らしてニッコリ笑う。



「両沢?」


 気持ちの焦る土居が、身体を捻っただけで素っ頓狂な声を裏返した。噂好きなゲイの裏情報では、両沢補佐官の評判は廣瀬とは別のタイプで、芳しくないのだ。



「おいおい、言っちゃあ悪いが、彼はあまり良い人間じゃないぞ?おべっかを使うし付け届けもするから、平民出身者のわりに上官の受けは良いが、同僚には不当に偉そうにするし、狭量で妬み根性も酷い。とてもキミに紹介してやれるような人間ではないよ」


 思わず忠告する。つまり、彼も土居の趣味には合わない人間なのだ。それなのに、

「うん、知ってる」


 にっこりと、藤原は光を綻ばせて微笑んだ。



「権力に弱くて弱者にはとことん強い。陰険で残忍で嫌らしい目つきでいつも舌なめずりをしてる、典型的な小人物ですよね」


 相手の人間性を完全に無視するような差別的発言を、屈託なく明るく言い放つ。それを見た土居が、怪訝に眉間をしわ寄せた。そこまで知っていて、何故接近しようとするんだ?と不思議でならない。


 そんなことはお構いなしに、藤原はメモに殴り書きされた土居のボーイフレンドの部下である両沢補佐官のIDを、さっさと自分の端末に打ち込んでしまった。



「実にあたし好みの男性ね。お会いするのが楽しみだなぁ」




 光溢れる天使の微笑みが、一体どういう腹積もりでいるのだろうか?土居には全くわからなかった。







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