皇民純血主義
「足で稼いでみるもんですね」
「そりゃあ、調査の常識だからな」
そう言いながら廣瀬自身も、この成果は予想外に満足いくものだった。
議長から渡された霧のような情報から、おぼろげながら暗中模索の中で、目鼻立ちを認識できるところまできた。
リストに載っていた生徒の同室や同僚の何人かに話を聞くと、彼らは単なる異動で別の施設に行ったり、自主的に退役して故郷へ帰ったりしたことになっている。行方不明や消息不明など、議長側が嘆いていたような重大事案は、一切出てこない。訓練中に大きな事故があったとも、言われない。
唯一は、死亡した芦原少尉のルームメイトだった樹軍曹から、それらしい話を聞いたくらいだ。まぁこれは当然だが。
そして生徒たちの異動時期が(つまり同僚たちが彼らの姿を見なくなった時期が)、議長リストと軍の人事異動リストでは一ヶ月程度の期間でバラバラだったのに対し、ルームメイトや友人知人たちの証言だと、ほぼ3週間前の3日間に集中しているのだ。加えて、それぞれがいくつかのグループになって連んでいたようだった。
一方では議長の持ってきたリストの信憑性に疑問が残り、一方では居なくなった軍生徒たちの動向に不信感がつきまとう。廣瀬はどちらに重きを置くか、まだ決めかねていた。
そんな廣瀬と坂本の即席コンビは、一ヶ月前に除隊したという、ある兵曹の6人部屋で、新たな手掛かりにたどり着くことになる。
「━━━━大学に進めそうになかったから、諦めて辞めたんでしょうね。結構過激な思想をしていましたから」
除隊兵曹の隣りのベッドだったという青年が、ヘラヘラと笑いながら言った。
「皇民純血主義ってやつですか?」
「まぁ差別主義者だったんです。だから人権研修とか受けさせられてて、それでも煮え切らなくて」
「最後は変な思想にはまってましたね。せっせと暗黒時代の歴史を調べてましたから。尉官クラスのゼミに質問にも行ってたり。あの熱心さを真面目に訓練だけに向けてれば良かったのに」
続けて、6人部屋の青年たちそれぞれが、口々に答えてくれた。少し馬鹿にしたような感じが滲んでいるが、廣瀬はもちろん、そんなことは無視している。
この兵曹も、同室の兵曹たちとはあまり親しくなく、他の部署の士官や下士官たちとばかりよく出かけていたらしい。
「その士官たちも、同じような思想で集まったグループなのか?」
「さぁ?変な連中だったのは確かみたいですが」
小馬鹿にしたようなひとりの言葉に、部屋の兵曹たちが揃って笑いあった。上官への礼儀に欠ける物言いに、廣瀬よりも坂本の方が、不快に顔を歪ませる。
廣瀬ももちろん気に障ったが、わざわざ注意してやる気にはならない。まだ軍隊生活が一年にも満たない連中であるし、必要ならば、直接の上官や教官が糺すだろう。
例えそういう機会が無いまま進級したとしても、最終的にはこの青年たちの出世が叶わなくなくなるだけのことだ。廣瀬にとって、そんなことにはサラサラ興味が無かった。
それよりも、いまは目の前の疑惑解明が気になって仕方ない。
行方不明になった連中が、いったいどういう目的で軍を去ったのか?集まって何を企んでいたのか。何故軍は、それを臭いものに蓋とばかりに隠蔽して、痕跡を消そうとしたのか。
また頭の中でグルグルと仕入れた情報を回転させて整理しながら、廣瀬は自分のオフィスで端末を開いた。
少し怖い顔をしている廣瀬に、流れのままついて来た坂本が、おそるおそるご機嫌伺いをする。
「あのぉ…大尉、言われて調べた事のなんですけど……?」
その声をきっかけに、
「これは、何か嵌められているのか?!いったい何なんだ、こいつらの繋がりは!?」
背中を坂本に向けたままで、廣瀬が苛立ちまぎれに荒れた声をあげた。
同じ皇国の軍人として、何かスキャンダルがあるかもしれないなどと疑いたくはない。
確かに問題事は起きるものだが、隠れているそれをわざわざ掘り返して暴こうなんて趣味は、廣瀬には無いのだ。ましてや、一番最初にその情報に触れるなんて、厄介事以外の何物でもない。
廣瀬たち法務官は、何かがどこかで起きてから現場へと乗り込んでいく。自ら問題を作り出すような役目じゃない。君子危うきに近寄らず、だ。
それなのに、軽い気持ちで始めたはずのものが、いまは廣瀬の悪い予感を散々に煽ってくる存在になっていた。
(嫌な予感は良く当たるとは、よく言ったもんだ)
不機嫌な額をペンの尻でコツコツと叩き、溜めていた息を鼻から出す。その廣瀬に合わせて神妙な顔つきになった坂本が、調べた書類を手に答えた。
「全ての部屋が、もう清掃処理されていましたね。何も残ってない状態です」
「状況だけだと、十分怪しすぎるな。まさか議長の言うような、軍に何らかの陰謀があったとまでは思いたくないが…」
椅子を半分回転させて坂本の方を向きつつも、思案するように視線は床に落としたまま、重く曇らせる。腕を組み、ギシリと背もたれに寄りかかった。
きな臭さが、鼻の奥にたまる。廣瀬はまた、それをまとめて深く吐き出した。
「それなんですが……」
嘆息する廣瀬に、坂本は最も重要なことを告げるため、声のトーンを落として囁いた。
その性格的小心さの滲む言葉に、廣瀬は驚き、覚醒したように目を見開いた。
「……部屋の清掃処理をしたのが、全部同じ班、だと…っ?!」
「下士官から佐官クラスの個室まで、全部です。何チームもあって交代制のはずなのに、こんな偶然って、有り得ますか?」
坂本の問いの答えは決まっている。
「無い」だ。
ちょっとそれを見せてくれ、と、廣瀬は坂本の手から、清掃班の担務表をむしり取る。疑惑を持つのに、十分だった。
ここ一ヶ月、ひとつの班の活動がやけに目立つ。そして、その処理した部屋の元所有者達は、議長リストの名前とほとんど一致していた。
高級士官から下士官まで、本来担当の違う部署までを、その一班が仕事している。
兵長の証言に続く、リストの共通名だ。
「……何か秘密にしたい理由が、あるってことか…」
そう思わざるを得ないほど、それは不自然だった。このメンバーには何かある、しかしその内容がわからない。
あからさますぎる感じもするから、当初予測した集団脱走という線も怪しい。それなら清掃班を複数個に担当させて、集団脱走の印象を薄めるだろう。
むしろ、なるべく秘密にしたいから関わる人間を少数に抑えたかったようだ。
誰が?
もちろん軍学校が。
しかし、それほどにする理由が、廣瀬には未だにわからない。
「芦原少尉も、このどれかのグループのひとりだったんでしょうか?」
名簿にある名前に気づいていた坂本が、それを指差しつつ疑問を口にした。
「まとめて居なくなったってだけで、まだこいつらが何かのグループだったとは判断できない。勝手な判断は良くない」
あくまで廣瀬は、慎重に事を考えようとした。思い込みへの自戒は、まだ生きている。だが、
「しかし、そういう仮定を立てるのも悪くはないはずだな」
坂本の方を向いて呟いた。何かを掴むには、最後には自分を信じて実行するしかない。
廣瀬の同意は坂本の自信になったのか、嬉しそうに口元をはにかませた。
「では、もうこの全員に、つながりがあると考えて問題ないでしょうか?」
「あぁそうだな。あくまで仮定としてだが、そのつもりで調べてみろ。また違ったものが見つかるかもしれない。……だが今のところ、全員の共通点は“皇国民の男性”って以外は無い。何か別の繋がりを探す必要があるな」
「皇民純血主義、でしょうか?」
「いや、それではまだこの中の数人を区切るだけにしかなりそうにない」
聞き込みからの印象で、廣瀬は頭を掻いた。だいたいそれだけの理由で、軍を去る必要はないのだ。
もう少し他に、これだけの人数が密かに除隊した原因が無いと確信は持てない。
「話を訊きに行きますか?」
坂本が、清掃処理班の書類をひらひらさせて言った。
「まぁ、素直に話してくれるとは思えないが…」
処理班に所属している隊員に心当たりのある廣瀬は、その口の固さを思い出して少し苦笑した。
(奴は意固地で融通が利かなかったな…)
どうも廣瀬の同期には、変わった奴が多すぎる。廣瀬自身も含めて、だが。
「まぁ、続きは明日だ。」




