リストの人々
議長のリストによると、その伍長が訓練中に消息を絶って不明になったのは、二週間ちょっと前。母親側になされた説明では、不明発覚直後に行方捜査の部隊が入ったものの、結局は見つからなかったという。
そのためか、伍長の所属していた訓練部隊の隊長が自主的に隊長職を辞任して、軍での処分は終了している、らしい。
「その件の、簡単な検証をしている。その時の様子を教えてくれないか?」
廣瀬たちは、適当な嘘をついて話しかけた。
「行方不明?伍長は他の基地に異動になったんですよ?」
伍長の同僚でルームメイトだった一等兵長の青年は、不思議そうに言った。
「あ…あぁ、そうだ。少しその手続きが上手くいってなくてね、書類上だと、伍長が行方不明にされてしまっているんだよ」
軽く笑いながら、廣瀬はとっさに口から出任せを並べる。一等兵長も、あぁそうなのか、と笑った。数千の学生兵を抱えているのだ。書類上のミスだって、極稀にだが起こり得る。
「異動したという基地、それがどこのだかわからないかい?」
和やかな様子で自分の顎を触り、廣瀬は質問を続けた。
(どうかな?と思っていたが、軍内部では問題を表面化させていないようだな。同じ部隊の人間にも知らせていない、か)
それも当然だ。問題のある事実を隠すなら、秘密に出来るところは秘密にしておくに越したことはない。何も知らなければ、何かを訊かれても「知らない」と言うだけで済むのだ。
そうなると、遺族への説明と軍内部での説明が違っているのなら、廣瀬たちは上手く両方に乗っかる必要があった。どちらかを親切に否定してやったところで、得る物は無いからだ。
廣瀬が兵長の話をそのまま受け入れて先を促すと、
「えっと…、どこでしたか?前の隊長がミーティングで言ってましたから。でもそういう資料って、法務科のほうが集まってるんじゃないんですか?」
ごく自然に、一等兵長は言った。演技とかではなく、本当に何も関係なく、知らないようだった。廣瀬と坂本は顔を見合わし、頷いた。
「……じゃあその、異動するって前の、伍長の様子を教えてくれないか?新しい任地についてどうとか、言ったりはしてなかったかい?」
「さぁ?詳しくは……。同室でしたが、あまり親しくはなかったので」
兵長は申し訳なさそうに、ほほを掻いた。それを横で聞く坂本が、細かくメモをとっている。
(あまりあからさまにするなよ。質問されてる方が、無駄に警戒してしまうじゃないか)
書類の手続きと関係なさそうな質問をするんだ。兵長に不審に思われたくない。
少しイラッとしたが、廣瀬はなるべく気にしないように、軽く一等兵長に笑いかけた。廣瀬は土居と違い、和やかな雰囲気を作るのはどうにも苦手だ。
「というと、伍長は社交的な方じゃなかったのかな?」
「いえ、むしろ友人知人は多かったですよ?よくこの部屋にも集まってましたから。中には院生の方もいて、どういうコネがあるのか、私には不思議なくらいでした」
心底不思議そうに、一等兵長は首を振って言った。
彼自身は生真面目なのか、おとなしい感じで、友人もそう多くいそうなタイプではない。社交的だったという伍長の性格を羨ましがるより、自分とは違った、奇妙な種類の人間だと見ていたようだ。
「その友人たちが誰だか、わからないか?」
「どうでしょうか?私はいつも、部屋から追い出されていたので……。顔は知ってても、名前までは一人、二人しか…」
「聞いておきたいな。教えてくれ」
これはメモに取っておけよ、と調子の悪そうなペンをブンブン振って出ないインクと格闘していた坂本に、廣瀬は目も向けず自分のペンを手渡しながら、
「伍長の連絡先なんかを、知っているかもしれないからね」
にこやかに笑う。
「あぁ、そうですね。えっと…確か前に聞いたことがあるのは……アシハラ少尉と、ウエダ曹長だか言う方々ですね」
兵長の挙げたその名前に、廣瀬はピクリと眉を反応させた。どこかで聞いた名前だ。
(考えるまでも無い)
ひとりは既に部屋を調べ終えた退役曹長で、もうひとりは確かに、皇国議会の議長の息子の名前だった。
(これはどういうことだ?)
驚きを抑えつつ兵長に如才なく笑いかけながら、腹の中で廣瀬は唸った。リストの名前たちに、無いと思っていた繋がり、友人関係があったというのか?それも、死んだ芦原少尉を含んで。
隣りでは、坂本も目を丸くして息を飲んでいた。が、さすがに不用意なことを、口走りはしない。法務官としての心得が身についてきているようだ。
廣瀬は苦い予感が、口の中で広がっていくのを感じた。
しかし廣瀬も、質問するときにそんなものはおくびにも出さない。腹芸は、嵯峨や土居が呆れるほどに得意なのだ。
廣瀬は個人端末機を素早く操作して、集めていたリスト情報から芦原少尉と上田曹長の顔を浮かび上がらせた。
「それはこの二人かな?覚えているかい?」
「……ええ、この方ですね。一番良く連れ立ってました」
「ほう、仲が良かったんだね?」
意外な関係がわかるもんだ、という驚きを抑え、廣瀬はリストに目を落とした。そして鼻の頭を掻きながら、さり気なく続けた。
「それで、彼らはよく集まっていたのかい?この部屋には」
「そうですね、よそでもちょくちょく集まっていたみたいでした。良くは知りませんが」
「最近集まっていたのは、いつ頃かな?」
「さぁ…?」
兵長は首を傾げて視線を漂わせる。思い出そうとしても、ちょっと難しいようだった。
「私よりも、その方たちに訊いていただいたほうがいいと思います。私は同室というだけで、グループの人間ではありませんでしたから」
もっともな提案だ。廣瀬も出来ればそうしたい。知らないことを適当に想像だけで答えてもらうより、直接当人たちに聞きに行く方が何倍も妥当だろう。
しかし困ったことに、
「それがちょっと難しくてね……。そのふたりとも、もう学園には居ないんだ」
「え、そうなんですか?いや、知りませんでした」
部署の異動は珍しいことではない。兵長も大して不思議に思った様子もなく、それなら自分が思い出さなければ、とまた頭をひねりだしてくれた。有り難くはあるが、あまり期待できそうにない。
「ある程度は顔を知っているといったね?他には、この中にいるかい?」
廣瀬は議長リストの顔写真をいくつか目の前でアップして見せ、ペンで軽く叩いた。まさか、とはまだ思っているが……、
「え……と、この人とこの人…だったかな?この人も見たことある気がします」
こういう場合の約束事として、観覧してもらう情報には、目的とは無関係のランダムなものも混ぜてある。
しかし兵長が「見覚えある」と言った数人の顔は、議長リストの総記載名二十数人からすれば4人程度だが、的確に、情報の中から射抜いていた。廣瀬は思わず、苦く顔をしかめて黙りこんだ。
メモをとる手を止めた坂本が、怪訝な目でその後頭部を注視した。彼の位置からは、兵長の指した“顔だけは見知っている生徒”というのが、誰だったかわからないのだ。
が、その法務官ふたりの様子に、兵長も何か気づくことがあったのだろう。
「……って、まさかこの人たちも行方不明ってなっちゃってるんですか?」
アハッと笑って、冗談めかして言った。なかなかと勘の良い青年のようだ。
「書類上はね」
廣瀬も合わせて、ニコニコ笑って言う。内心ギクリとしたが、嘘はついていない。
「部屋を、少し調べさせてもらっていいかな?簡単に済ませるよ」
「ええ、どうぞ」
廣瀬の申し出に、兵長は快く了承した。
部屋に入るなり、坂本がすぐに準備をし、残されているマナの痕跡を調べる。結果はあっさりと出た。
「やっぱりですね」
坂本の報告に、廣瀬も無言で頷いた。
行方不明となっている伍長のマナ痕跡は、一つとして残っていなかった。
「やっぱり?」
事情を知らない兵長は、キョトンとした顔で不思議がっている。廣瀬はマナ抽出の検査数値を見つめたまま、その兵長に尋ねた。
「ここ最近、部屋で変わったことは無かったかい?気づいたこととか、不審な気配とか」
「いえ、全く…」
このことには、兵長の勘は働かなかったようだ。マナ消失の時間を調べると、3週間より以前が消えている。それ以降は、兵長ひとりの生活痕跡だけが残っていた。
「?伍長が異動したっていうのは、2週間ほど前だろう?」
背中越しに訊く。
「え?いや、もうちょっと前だったと思います」
「3週間?」
「あぁ、それくらいですね。天気が崩れ出す前でしたから」
“3週間前”……。
廣瀬の中で、何かが気になりだしていた。それはまだハッキリしないが、重要な意味を持っていそうでいなさそうで、モヤモヤとした感覚だけが心に残った。
「いや、ありがとう。協力には感謝するよ」




