芦原健吾少尉
昇降機で地下施設へと渡った廣瀬たちは、清潔に保たれている医療病棟の受け付けで照会を求めた。
「しばらくこちらでお待ち下さい。手続きをして参りますので」
芦原議長と高嶺嬢に告げ、廣瀬は関係者室にためらいなく入る。
数分の後に、若い看護婦を連れて出てきた。すっかり話をつけてきたのか、入室許可のパスを人数分用意していた。
「こちらのリングを腕に巻いていただきますと、青色のエリアのみ立ち入りを許可されます。お問い合わせいただいた安置所は、青色エリアの二番目の部屋です」
二十を幾つも越していそうにないその若い看護婦は、少し乱れた髪を気にしながら、芦原議長と高嶺嬢に丁寧な説明をしてくれた。
「はい、これで仕事はお終い」
と一息つき、その振り向きざま、
バチーーンッ!
「この恥知らず!」
廣瀬の頬を容赦なく張った。
顔を赤らめ、そのくせ潤んだ目でくるりとキビスを返すと、関係者室の扉を力一杯閉じてしまう。
「いったい、何事でしょう?」
理解出来ず、芦原議長が目を白黒させる。
「あなた、あの女性に何かしたのですか?」
「いいえ。あれは単なる軍隊式の挨拶ですよ。『じゃあな、また』って意味の」
稚拙な廣瀬の説明に、芦原議長は「まさか」と鼻で笑った。
赤、黄、緑、橙等々あるカラフルなラインのうち、青色エリアのラインをたどって、安置所までいく。廣瀬はそこでも受付の窓に顔を突っ込み、担当の看護婦へ声をかけた。
バシーンッ
「よく顔を出せたものね!この…ケダモノっ!」
その看護婦も、廣瀬を見るなり容赦なく頬を張り、罵声を残して逃げていった。
「『じゃあな、また』」
見送り、廣瀬は手を振る。
「……」
「…そんな目で見ないで」
背後から、呆れた芦原議長と高嶺嬢がジトッと睨んでいた。
安置所に入ると、軍医の山本弘毅大尉が、何枚もの不気味な写真をコピーしている姿があった。
廣瀬と同期ながら既に大学を卒業しているこの優秀な医官は、良い奴なのだけれども理解し難いコレクションをしている。
「珍しいな、わざわざアポをねじ込んでまでお前がここに来るなんて。ん?あぁ、ずいぶんと挨拶をされたみたいだな」
極彩色のグロテスクなそれを壁に飾り、山本はへっへっとせせら笑った。
「ほっとけ」
廣瀬はばつの悪そうにほほを掻いた。まだひりひりと痛い。
「で、何の用だ?」
「遺体との面会がしたい」
「名前は?」
ギシッとイスを軋ませ、山本は端末を起動する。
「芦原健吾少尉だ」
端末が温まるまでしばらく待ったあと、カタカタと文字を打ち込んで検索する。
「あぁ、あの厄介な遺体か」
拗ねたように、鼻から息を吐く。山本は椅子をクルリと回転させた。
「厄介?」
「色々と上層部から注文が多いんだ。面会は出来ないな」
廣瀬の促しにめんどくさそうに応えた山本へ、
「注文が多いとは、どういうことですか?」
聞き咎めた芦原議長が声を上げた。
「?このひとは?」
山本に礼儀感覚は乏しい。不躾に目を凝らし、廣瀬に聞いた。
「皇国議会の委員会議長の芦原秀子議員だ。少尉の親御さんだ」
「あぁ、それでか」
山本は手を打って軽薄に笑った。
「?」
どういうことだろうか、と廣瀬にもわからない。
「検死が終わったらちゃんとした日取りを決めて軍隊葬をするんだと。それも、最高級の。事故死した一介の少尉殿にしちゃあ不思議だったが、納得した」
“議長の子”という身元への、明らかな侮蔑を臭わせて山本は言った。大方お坊っちゃんが、間抜けにも自分のミスで死んだんだろう、という冷淡な感情を込め、目を細める。
「死に顔に逢うだけだ。いいだろ?」
同じく侮辱を感じとった議長と婚約者のたまらぬ抗議を抑え、廣瀬は山本に訊ねた。
「遺族が会いにきているのだ。面会するくらい良いだろう?」
「う~ん、こちらも規則があってなぁ。同情したいのは山々なんだが」
あからさまに困った顔をして、山本は首を振った。本当は屁とも思っていない規則を、こんな時だけ盾にとる。
「小太りなオヤジでどうだ?」
廣瀬はため息をつき、懐から抜いたそれを山本に握らした。
「昼飯にもなりゃしねぇ」
嘲るように吐き捨てて言う。
「じゃあ白髪のメガネオヤジもつけよう」
「……」
追加した分でも、山本はそっぽを向く。
(…こんにゃろう)
便宜をはかるにしても、相場ってもんがあるだろうに。まぁ相手が古くからの友人の廣瀬であるために、山本も悪乗りしているのだろうが。
「わかった。王冠かぶったやせっぽちなばあさんもやるよ!」
給料日前に、痛い出費だ。と、山本は打って変わった満面の笑みを溢れさせ、
「ご案内いたします。どうぞこちらへ」
慇懃に恭しく、芦原議長と婚約者を安置所へエスコートした。
重い扉を押し開けた先の真っ白な部屋は、鼻の付け根がスッとするような薬品の匂いが充満していた。
「ここは本州に駐屯している軍の遺体が集められています。病死もあれば戦死や事故、それから殺人被害者…」
言わでものことを、山本は遺体安置棚の文字列と数列を数えながら言う。彼くらいになると、遺体は特別なものでは無くなるのだろう。
「よし、見つけた」
山本がボタンを押すと、ガゴンッと何かが回る音がして、排気孔から冷却のガスが勢い良く吹き出した。
「芦原健吾少尉です」
ゆっくりとせり出してきたカプセル状の寝台。冷気による曇りを拭き取ると、安らかに眠る青年の横顔が覗き見えた。
「ヒッ!」
瞬間、芦原議長が細い喉を引き裂くような奇声を上げ、膝からガクリと砕け落ちた。高嶺嬢が気丈にもそれを受け止め、手を引いてふたりで亡骸の顔を見つめる。
山本がガラスの蓋を開けた。冷気が広がる。
震える指先でのろのろと、議長は愛する息子の頬を撫でた。涙が伝うのをそのままに、次いで、短く切りそろえた髪に触れる。
高嶺嬢も跪き、胸の上で組まれた芦原少尉の大きな手を握る。
「健吾さん…」
もうダメだった。それを機に、ふたりは一気に感情を迸らせ、声を上げて泣き崩れた。
肩が震え、嗚咽をしゃくりあげて泣き叫ぶ。
ある程度は覚悟してきただろう。しかし突きつけられた悲しみに、彼女たちはか弱く、堰を切って泣くしかなかった。
何度も何度も少尉の名を呼ぶふたりの泣き声を聞きながら、
(いやな場面だな)
と廣瀬は直視出来ずに顔を歪ませていた。
「綺麗な遺体です。よっぽど懸命に治療されたんでしょう。傷一つ残っていませんよ」
山本がふたりを慰めるように言った。あなたの息子さんは丁寧に扱われたんだ、と。まぁ、何の癒し効果も無いだろうが。
ふと、廣瀬は今のうちに山本から訊いておこうと思った。
『注文が多いって、どういうことだ?』
悲しみにくれるふたりの邪魔にならないよう、山本の脳へと直接テレパスで話しかける。
『とにかく丁重にって煩いんだ』
山本も、口を動かさずテレパスで返事した。こちらを向こうともしない。
『そのくせ、検死にもいちいち文句言ってきてな』
廣瀬は浮かんでいた疑惑を尋ねた。
『溺れて死んだことを隠そうとしてる?』
『溺れて?そうそう、報告書上げたら死因を水死にしろっていわれた。隠すどころかそれを主張してやがったよ』
腕を組み、山本はうんざりした様子で答えた。
『検死は違うのか?!』
『どー見てもな。確かに肺には水が溜まっていたし全身に水霊反応もあるけど、死亡時の血中酸素飽和度は正常だ。水は治療水に使っただけで、溺死じゃねぇよ』
『海で死んだはずだが、もしかすればボートに衝突して事故死したのか!?それを隠すために水死としたがったとか』
『それも違うな』
多少意表を突かれて混乱している廣瀬より、山本の方が冷静だった。
『どう違う?』
『見返りは?』
へへっと笑う。
『内容による』
さすがに不謹慎だろ、と思ったが、廣瀬は先を促した。
『どケチが。まぁ肉体の損傷は治療痕からして全身打撲だろう。肋骨だけでなく手や足も骨折していた』
『大波に襲われた衝撃、と考えられないか?』
『いや、確かに損傷痕が前面に集中してたりするが、それぞれの力のかかりがバラバラだ。しかも一回や二回じゃない。何段階かに分けて傷を負っている。落下や衝突でも無いな』
『つまり?』
シンプルな答えを期待した。
『一番素直な解釈は、何者かによる殺害。正しくは戦闘による闘死、だな』
『……』
言葉も出ない。全然話が違うじゃないか。
『訓練で事故、にしては酷すぎる傷だ。致命傷と考えられるものが複数個あって断定できない程だ。良家のお坊ちゃんみたいだから、妬みでリンチでもされたかな?その後の手厚すぎるケアも不自然だし。大方、証拠隠滅のためか……まぁ、そんなことまで俺が詮索することじゃねぇが』
山本はズケズケと言い放った。やはり、少尉への敬意は無い。
『本人のマナは、調べたのか?』
マナを解読すれば、その人物の感情や視界にアクセスする事ができる。死の直前の網膜の映像だって、そこから調べることができるのだ。捜査には重要な情報になるのだが、
『プロテクトがかかってる。生前に自分でかけていたんだろう。魔法力からは何もわからないよ』
山本は無感動に言った。
『それこそ俺の仕事じゃないし、守秘義務ってのもあるしな』
あくまで、彼は職分以外のことをしようとしない。プロ意識といえば確かにそうだし、廣瀬の哲学とも合う。
『お前の見立ては間違ってる。法務科を選ばなくて正解だったな』
しかし、廣瀬はなぜか苛つきながら山本の見解を否定した。
『少尉の成績は学園でもトップクラスだ。リンチなんかでやすやすとは殴られないだろし、何より沿岸特殊警備隊の演習に呼ばれての事故だ。彼らほどの軍人たちが、わざわざ客に招いた人間を妬む理由が無い』
『あっそ。そら、すまなんだな』
簡単に、山本は意見を引っ込めた。その軽さがまた、ひとを馬鹿にしている。
『でもまぁ、少なくとも少尉の死には何か隠されているのは間違いないみたいだ。とてものこと、議長さまには言えないが』
廣瀬はいまだ泣き続ける女性ふたりを見つめて思った。五藤大佐を問い詰めるくらいはさせてもらいたい。事故だというから、同僚が危険地域に行くことになったのだから。
そこで廣瀬はテレパスをやめた。
「遺体はいつご遺族に返還を?」
声に出して予定を聞く。議長と婚約者には、廣瀬と山本の会話はここだけしか聞こえていないだろう。
『まず、け…』
気づき、山本もテレパスから声帯に換えた。
「まず検死結果報告書を仕上げてからだ。そして裁判が終わるまでは保存が規則で定められている」
第一回公判は来週頭。それから結審まで待って軍隊葬にしても、そう日にちはかからないだろう。
廣瀬は議長たちに、裁判傍聴の申請手続きを促した。
議長は涙を拭きながら、山本に丁寧に礼を述べ、廣瀬に導かれるまま安置所を出た。
「また、会いに来てもよろしいですか?」
その喪失感に打ちのめされた声に、山本は優しく頷いていた。




