第98話 悪役令嬢、大切な人のためにスープを作ります
その日の朝。
王宮は、どこか静かだった。
「……エマが?」
私は思わず聞き返す。
侍女の一人が、困ったように頷いた。
「はい。今朝、倒れられて……」
胸が、ひやりと冷える。
「お医者様は?」
「過労だろうと」
過労。
その言葉に、私は唇を噛んだ。
思い返せば、最近のエマは忙しかった。
王子妃教育。
夜会準備。
私の補佐。
それに加えて、普段の侍女業務まで。
「……無理してたんですね」
ぽつりと呟く。
でも。
エマはきっと、何も言わなかった。
いつもの無表情で。
いつもの落ち着いた声で。
「問題ありません」と。
胸が、少し苦しくなる。
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気づけば、私は厨房へ向かっていた。
「アメリア様?」
料理長が目を丸くする。
私は静かに顔を上げた。
「……体に優しいものを作りたいです」
「病人食か?」
「はい。でも、ちゃんと美味しいものを」
ただ栄養を入れるだけではない。
食べた時に、少しでも安心できるもの。
ほっとできるもの。
エマは、ずっと私を支えてくれていた。
だから今度は、私の番だ。
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私は食材を確認する。
人参。
玉ねぎ。
じゃがいも。
かぼちゃ。
そして――
「ベーコンも、少し入れます」
「ミルクも使うんですか?」
見習いが不思議そうに聞く。
「はい」
私は小さく頷いた。
「水とミルクは、半分ずつ使います」
「重くなりませんか?」
「その方が、朝でも食べやすいので」
私は包丁を手に取る。
「野菜はすべて角切りにします」
人参も、玉ねぎも、じゃがいもも、かぼちゃも。
できるだけ同じ大きさに揃えていく。
「火の通りを揃えるためですか?」
「はい。それと、食べやすさも」
鍋に、まず少量のバターを落とす。
じゅわり、と溶けたところへ、ベーコンを加えた。
香ばしい香りと、脂の旨味が鍋に広がる。
そこへ、玉ねぎ、人参、じゃがいも、かぼちゃを加えていく。
「ベーコンの脂を野菜にまとわせるように炒めます」
料理長が腕を組みながら頷いた。
「……コクが出るな」
「はい。野菜の甘みも引き立ちます」
私は木杓子でゆっくり混ぜながら続けた。
「全体に油が回ったら、水を入れます」
鍋の中に、水が広がる。
「コンソメも加えます」
静かに煮込んでいく。
野菜がやわらかくなるまで、ゆっくりと。
やがて。
「ここで、ミルクを入れます」
白い色が、鍋の中へ広がった。
かぼちゃの色が少しずつ溶け込み、
やさしい黄色へ変わっていく。
「ミルクを入れた後は、沸騰させすぎないようにします」
私は木杓子をゆっくり動かす。
「その方が、やさしい味になりますから」
最後に、塩と胡椒で味を整える。
「完成です」
やわらかな香りが、厨房へ広がった。
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「……心配か」
低い声が落ちる。
振り向く。
アルフレッドだった。
「殿下」
「聞いた」
短い言葉。
でも、それだけで十分だった。
私は小さく息を吐く。
「エマは、ずっと無理をしていたんだと思います」
「だろうな」
彼は鍋を見つめる。
「お前も似ている」
「え?」
「無理をしても、自分では気づかない」
思わず言葉に詰まった。
否定できない。
アルフレッドは小さく息を吐く。
「倒れる前に休め」
「……努力します」
「信用できない返事だな」
少しだけ目を細める。
その声は、どこか優しかった。
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エマの部屋。
ベッドの上で、彼女は静かに目を開けた。
「……アメリア様?」
「起きていて大丈夫ですか?」
「問題ありません」
全然問題ある。
私は思わず眉を寄せた。
「今日は、問題あるって言ってください」
エマが少しだけ目を瞬かせる。
珍しい顔だった。
私はスープを差し出した。
「飲めそうですか?」
「……これは?」
「元気になるスープです」
少しだけ沈黙。
やがてエマは、静かにスプーンを口へ運んだ。
温かい湯気。
小さく息を吐く。
そして。
「……美味しいです」
その声は、いつもより少し柔らかかった。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「良かった」
思わず笑う。
エマはスープを見つめながら、小さく呟いた。
「……こういう味は、久しぶりです」
その言葉に、胸が締め付けられる。
どれだけ頑張っていたのだろう。
私はそっと口を開いた。
「今度は、ちゃんと休んでください」
「……善処します」
「エマ」
「……はい」
少しだけ困ったように。
でも、どこか安心したように。
エマは小さく目を細めた。
その表情を見て。
私はようやく、少しだけ安心できた。
こうして悪役令嬢は――
大切な人のために、心まで温まる一皿を作るのだった。




