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悪役令嬢ですが、王宮厨房から王太子妃になりました  作者: 星乃茶々


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第97話 悪役令嬢、王子の視線が甘くて怖いです

王子妃教育を終えた午後。


私は資料を抱えながら、王宮の廊下を歩いていた。


「……重い」


思った以上に量がある。


マルグリットから渡された、


王宮の礼儀作法。

各国の挨拶。

夜会での立ち回り。


覚えることが多すぎる。


「料理のレシピ帳の方がまだ可愛いです……」


思わず本音が漏れた。


その時。


「失礼」


前から歩いてきた男性と視線が合った。


貴族らしい身なり。


年は二十代前半くらいだろうか。


「ああ、あなたが」


相手が目を見開く。


「アメリア・フォン・ローゼリア様ですね?」


「はい……?」


男性は柔らかく笑った。


「噂は聞いております」


嫌な予感しかしない。


「王宮で最も注目されている女性だと」


やめてほしい。


「その……お綺麗ですね」


「え?」


「ぜひ今度、お茶でも――」


その瞬間だった。


空気が変わる。


「……私の婚約者に何の用だ」


低い声。


静かなのに、背筋が冷える。


振り向く。


アルフレッドだった。


いつの間にいたのだろう。


男性貴族の顔が一瞬で青ざめる。


「で、殿下!?」


「質問に答えろ」


笑っていない。


怖い。


私は思わず一歩下がった。


男性は慌てて頭を下げる。


「し、失礼いたしました!」


そのまま逃げるように去っていった。


廊下に静寂が落ちる。


私はそっとアルフレッドを見上げた。


「……少し怖がらせすぎでは?」


「足りないくらいだ」


即答だった。


反省がない。


---


並んで廊下を歩く。


沈黙。


けれど、妙に空気が重い。


「……怒っていますか?」


「別に」


絶対怒っている。


「普通に話していただけですよ?」


「笑っていた」


「え?」


私は目を瞬かせた。


アルフレッドは前を向いたまま言う。


「他の男に、あまり向けるな」


心臓が止まりかけた。


「そ、それは横暴です!」


「そうか」


全く反省していない。


むしろ当然だと思っている顔だった。


「殿下はいつもそうやって突然心臓に悪いことを言います」


「今さらだな」


否定できないのが悔しい。


---


「重そうだな」


「大丈夫です」


そう言った瞬間だった。


「あっ――」


足が滑る。


抱えていた資料が、ばさっと廊下へ散らばった。


「きゃっ……!」


転ぶ。


そう思った瞬間。


強く腕を引かれた。


気づけば、アルフレッドの腕の中だった。


「……危ないな」


低い声が、すぐ近くで落ちる。


「す、すみません……」


近い。


近すぎる。


心臓がうるさい。


その間にも、周囲の侍女たちが慌てて資料を拾い集めていた。


「こちら、お持ちします!」


「ありがとうございます……!」


顔が熱い。


アルフレッドは私の腰を支えたまま、小さく息を吐く。


「だから目を離せない」


まただ。


またさらっと心臓に悪いことを言う。


私は真っ赤になりながら視線を逸らした。


「……殿下こそ、ずるいです」


「知っている」


即答だった。


悔しい。


でも――


嫌ではない。


アルフレッドはようやく腕を離すと、散らばった資料を一枚拾い上げる。


「……量が多すぎるな」


「マルグリット様が本気なんです」


「だろうな」


彼は少しだけ目を細めた。


「逃げるなよ」


「……努力します」


小さく返すと。


彼はほんの少しだけ、優しく笑った気がした。


こうして悪役令嬢は――


王子の独占欲に振り回されながら、今日も心臓を忙しくさせるのだった。

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