第96話 悪役令嬢、実践的な花嫁修業に心が折れかけます
部屋へ戻る途中。
私は完全に疲れ切っていた。
「……無理です」
思わず壁に手をつく。
エマが静かに首を傾げた。
「本日で何度目でしょうか、その台詞は」
「だって仕方ないでしょう……!」
今日行われていたのは、花嫁修業の続き――その中でも、実践形式の内容だった。
夜会での立ち回り。
貴族同士の会話。
ダンス中の所作。
さらには、王族の隣に立つ際の振る舞いまで。
覚えることが多すぎる。
「お辞儀の角度は四十五度……」
私は遠い目をした。
「コンソメの火加減を調整する方が、まだ気が楽です……」
「比較対象がおかしいです」
即答だった。
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「ですが」
エマは静かに続ける。
「以前より、かなり自然でした」
「……本当ですか?」
「はい」
少しだけ救われる。
だが、その瞬間。
「まだ甘いですわね」
静かな声が落ちた。
びくり、と肩が跳ねる。
振り向けば、マルグリットが立っていた。
逃げたい。
「アメリア様」
侍女長は優雅に微笑む。
「本日は“王子妃として公の場へ立つ際の実践”でした」
やめてほしい。
言葉が重い。
「婚約を公表された以上、周囲の視線は以前とは違います」
「……はい」
「ですから、“見られること”にも慣れていただきます」
心が折れそうだ。
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その時だった。
「なら、お手本が必要だな」
低い声。
振り向く。
アルフレッドだった。
「殿下」
マルグリットが静かに一礼する。
アルフレッドは当然のように私の隣へ来た。
「実践なら、私が相手をする」
「兄上また混ざるの!?」
いつの間にかルシアンまでいる。
「面白そうだから来た!」
帰ってほしい。
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アルフレッドは私へ手を差し出した。
「来い」
「……またですか」
「実践だ」
絶対違う。
でも。
差し出された手を、無視できない。
私は小さくため息をついて、その手を取った。
「姿勢」
「は、はい」
「視線を落とすな」
「む、無理です……!」
「私を見ろ」
心臓に悪い。
ルシアンが横で爆笑している。
「兄上、それ絶対わざと!」
「何がだ」
真顔をやめてほしい。
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やがて一通り終わる頃には、私は完全に力尽きていた。
「……もう無理です」
「まだ半分ですわ」
マルグリットの声が容赦ない。
「ルシアン様も、途中から姿勢が崩れております」
「えっ、僕も!?」
「当然です」
以前の「お前」ではなく、
静かだが丁寧な口調で返される。
ルシアンが「助けて義姉上……」と呟いた。
知らない。
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その時。
アルフレッドが小さく息を吐いた。
そして。
「……だが」
低い声が落ちる。
「今日は、王子妃らしかった」
一瞬、思考が止まる。
「……え?」
「堂々としていた」
短い言葉。
でも。
その一言だけで、胸が熱くなる。
ずるい。
本当にずるい。
私は顔を逸らしながら、小さく呟いた。
「……そういうこと、急に言わないでください」
アルフレッドは少しだけ目を細めた。
その後ろで。
マルグリットが、去っていく二人を見ながら、ほんのわずかに口元を緩める。
「……お似合いですわね」
小さなその呟きは、誰にも聞かれなかった。




