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悪役令嬢ですが、王宮厨房から王太子妃になりました  作者: 星乃茶々


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第93話 悪役令嬢、少しだけ寂しさを抱えて前を向きます

セシリアが帰った翌日。


王城は、いつも通りだった。


人の動きも、仕事の流れも、何一つ変わらない。


――なのに。


「……静かね」


思わず呟いた。


厨房の朝。


いつもなら、どこかで聞こえていた明るい声がない。


それだけで、こんなにも違うものなのかと思う。


「アメリア様」


振り向くと、エマが立っていた。


「本日の仕込みの確認を」


「ええ、今行くわ」


声はいつも通り。


手も動く。


でも――


ほんの少しだけ、胸の奥が軽く空いている。


---


仕事に集中する。


パンをこねる。


スープの味を見る。


指示を出す。


いつも通り、問題なく進んでいく。


「……完璧です」


料理長が満足そうに頷いた。


「ありがとう」


自然と返す。


ちゃんとできている。


大丈夫。


そう思うのに――


「アメリア様、少し休憩を」


エマが静かに言った。


「大丈夫よ」


「手が止まっています」


言われて気づいた。


いつの間にか、動きが鈍っていた。


「……少しだけ」


素直に頷く。


隠しても、この人には通じない。


---


中庭へ出る。


昨日と同じ場所。


ベンチに座る。


風が、やさしく頬を撫でた。


「……いないのね」


分かっている。


でも、つい目で探してしまう。


自分でも苦笑する。


その時。


「ここにいたか」


聞き慣れた声。


振り向くと、アルフレッドがいた。


「殿下」


「仕事はどうした」


「少し休憩です」


「そうか」


短い会話。


それだけなのに、少しだけ安心する。


---


彼は自然に隣へ座った。


近い距離。


でも、今はそれが落ち着く。


「……静かだな」


ぽつりと彼が言う。


「そうですね」


私も小さく頷いた。


少しの沈黙。


嫌ではない。


ただ、少しだけ寂しい。


「……昨日までが、賑やかすぎたのかもしれません」


「そうだな」


否定しない。


それが、ありがたかった。


---


「寂しいか」


同じ質問。


昨日と同じ。


でも、今日は――


「……少しだけ、強く」


正直に答えた。


彼は何も言わない。


ただ、そっと手を伸ばし――


私の手の上に、自分の手を重ねた。


強く握るわけではない。


逃がさないわけでもない。


ただ、そこにあるだけのぬくもり。


「……」


驚いて、顔を上げる。


彼は前を向いたままだった。


「一人ではない」


静かな声。


それだけ。


でも――


胸の奥の空白が、少し埋まる。


「……はい」


私は小さく頷いた。


手を引くことはしなかった。


---


風が吹く。


木々が揺れる。


いつも通りの景色。


でも、少しだけ違って見える。


「明日からも忙しくなる」


彼が言う。


「そうですね」


「やれるか」


問いかけ。


試すようなものではない。


ただ、確認するような。


私は少しだけ考えて――


「やります」


はっきり答えた。


彼がわずかに頷く。


「そうか」


それだけ。


でも、それで十分だった。


---


しばらくして、彼の手がそっと離れる。


名残惜しいような、でもちょうどいい距離。


私はゆっくり立ち上がった。


「戻ります」


「ああ」


「殿下は?」


「少ししたら」


いつもの調子。


私は小さく笑った。


---


厨房へ戻る足取りは、少しだけ軽かった。


寂しさは消えない。


でも、それでいいと思えた。


こうして悪役令嬢は――

小さな寂しさを抱えながら、前へ進むのだった。

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