第92話 悪役令嬢、大切な人を見送ります
セシリアが帰る日。
朝の空気は、やけに澄んでいた。
まるで何事もない日のように、穏やかで――
だからこそ、少しだけ寂しい。
私は王城の正門前に立っていた。
隣にはアルフレッド。
少し後ろにはルシアン。
エマも控えている。
準備は整っていた。
あとは――
「お姉様!」
明るい声とともに、セシリアが駆けてくる。
いつも通りの笑顔。
でも、どこか少しだけ無理をしているのが分かる。
「準備、できましたわ!」
「ええ」
私は微笑んだ。
ちゃんと笑えているかは分からないけれど。
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馬車の前で足が止まる。
少しの沈黙。
誰も、すぐには言葉を出せなかった。
「……お姉様」
セシリアが小さく呼ぶ。
「なあに?」
「お元気で」
たったそれだけの言葉なのに、胸にくる。
「あなたこそ」
声が少しだけ震えた。
私はそっと手を伸ばす。
セシリアの手を握る。
温かい。
離したくないと思ってしまう。
でも――
「頑張るんでしょう?」
「はい!」
ぱっと顔を上げる。
強い目だった。
「次にお会いする時は、もっと立派になっていますわ」
「楽しみにしてる」
そう言うと、セシリアは少しだけ照れたように笑った。
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「セシリア!」
ルシアンが前に出る。
「本当に行っちゃうの?」
「行きますわ」
「早すぎるよ!」
子どものような声だった。
セシリアが少し困ったように笑う。
「また来ますわ。その時は一緒にお茶でも」
「約束だからね!」
「ええ」
指切りでもしそうな勢いだった。
少しだけ空気が和らぐ。
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「殿下」
セシリアがアルフレッドへ向き直る。
「お姉様を、よろしくお願いいたします」
まっすぐな言葉だった。
アルフレッドは一度だけ頷く。
「ああ」
短い返事。
でも、それで十分だった。
「任せておけ」
その一言に、セシリアは安心したように微笑んだ。
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いよいよ、時間だった。
「では……」
セシリアが一歩、馬車へ向かう。
その時――
私は思わず呼び止めた。
「セシリア」
振り返る。
その瞬間――
私は一歩踏み出して、彼女を抱きしめた。
「お姉様……?」
「……気をつけて」
それしか言えなかった。
言葉にすると、崩れてしまいそうで。
セシリアは少しだけ驚いて――
それから、やさしく抱き返してくれた。
「はい」
その声は、とてもあたたかかった。
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ゆっくりと、体を離す。
もう大丈夫。
そう思いたい。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
笑って、送り出す。
今度こそ。
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馬車が動き出す。
セシリアが窓から手を振る。
私も手を振り返す。
見えなくなるまで。
ずっと。
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やがて、姿が小さくなっていく。
完全に見えなくなった時――
胸の奥が、少しだけ空いた気がした。
「……静かになりましたね」
思わず呟く。
その時――
そっと、肩に触れる手。
アルフレッドだった。
「よく見送ったな」
低い、やさしい声。
私は小さく息を吐いた。
「……少しだけ、寂しいです」
「そうだろうな」
否定しない。
ただ受け止める。
そのまま、少しだけ近くに立つ。
寄り添うような距離。
「だが」
彼が静かに続ける。
「また会える」
その一言に、救われる。
「……はい」
私は頷いた。
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空を見上げる。
朝の光は、変わらずやさしい。
こうして悪役令嬢は――
大切な人を見送り、少しだけ前へ進むのだった。




