第91話 悪役令嬢、妹との時間をかみしめます
セシリアが帰るまで、あと一日。
思っていたより、ずっと短い。
私はその日も厨房にいた。
手は動いている。
けれど、どこか上の空だった。
「アメリア様、塩の量が多いです」
「……え?」
見習いの声に我に返る。
確かに少し多い。
「ごめんなさい、やり直すわ」
「お疲れなのでは?」
「大丈夫よ」
笑って見せる。
だが、自分でも分かっていた。
――集中できていない。
「少し休まれては」
エマの声が静かに入る。
振り向くと、いつも通りの落ち着いた表情。
けれど、その目は少しだけやわらかい。
「……そうね」
素直に頷いた。
今は、無理に動くより――
大事な時間を優先した方がいい。
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中庭。
昨日と同じ場所に、セシリアがいた。
花を眺めながら、静かに座っている。
「お姉様」
私に気づくと、すぐに笑顔になった。
その笑顔に、少しだけ胸が痛む。
「一人でいたの?」
「少しだけ考え事を」
「どんな?」
「内緒ですわ」
くすっと笑う。
いつも通りのやり取り。
それが、少しだけ愛おしい。
隣に座る。
風がやさしく吹いた。
「……明日ね」
私が言うと、セシリアは小さく頷いた。
「はい」
それだけで、言葉が続かない。
沈黙が落ちる。
でも、嫌なものではなかった。
ただ、少しだけ切ない。
「お姉様」
「なあに?」
「わたくし、頑張りますわ」
唐突な言葉だった。
私は目を瞬く。
「学園でも、ちゃんと勉強して……もっと立派になります」
まっすぐな瞳。
強い意志。
「だから――」
少しだけ言葉が途切れる。
それでも、彼女は続けた。
「次に会う時は、今より少しだけ成長したわたくしでいたいんですの」
その言葉に、胸がじんとする。
「……そうね」
私は静かに頷いた。
「楽しみにしてる」
「はい!」
ぱっと笑顔になる。
その顔を見て、少しだけ安心する。
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その時。
「……ここにいたか」
聞き慣れた声がした。
振り向くと、アルフレッドが立っていた。
「殿下」
「邪魔をしたか」
「いいえ」
セシリアがくすっと笑う。
「ちょうどよろしいところですわ」
「何がだ」
「お姉様の様子を見に来られたのでしょう?」
直球だった。
私は思わず顔を逸らす。
アルフレッドは少しだけ間を置いた。
「……否定はしない」
やめてほしい。
セシリアが楽しそうにこちらを見る。
「ふふ。やっぱり」
「セシリア」
「失礼しました」
全然反省していない顔である。
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「お姉様」
セシリアが立ち上がる。
「少しだけ、席を外しますわ」
「え?」
「お二人でお話しくださいませ」
「待ちなさい」
止める前に、くるりと身を翻した。
軽やかな足取りで離れていく。
……やられた。
私は小さくため息をついた。
「気を遣われたな」
「完全に遊ばれています」
「そうだな」
少しだけ、彼が笑う。
珍しい。
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隣に、自然に腰を下ろす。
距離は近い。
でも、もう前ほど慌てない。
……少しだけ、慣れてきた。
「顔色は悪くないな」
「昨日よりは」
「無理はするな」
短い言葉。
でも、それで十分だった。
沈黙が落ちる。
けれど、不思議と落ち着く。
「……寂しいか」
ぽつりと、彼が言った。
私は少しだけ迷って――
「……少しだけ」
正直に答えた。
彼は何も言わず、ほんの少しだけ近づく。
そして――
そっと、肩に手が触れる。
包み込むほどではない。
ただ、そこにあるだけの距離。
「明日は私も行く」
「見送りに、ですか?」
「ああ」
それだけで、少しだけ心が軽くなる。
「一人ではない」
静かな声だった。
でも、確かに届く。
「……ありがとうございます」
私は小さく笑った。
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少し離れた場所で、セシリアがこちらを見ていた。
満足そうに頷いている。
やはり確信犯である。
こうして悪役令嬢は――
別れを前に、大切な時間をかみしめるのだった。




