第87話 悪役令嬢、弟王子に全部ばれます
朝食会が終わった私は、魂が半分ほど削られていた。
主にアルフレッドのせいである。
――あの人は平然と距離を詰めてくる。
思い出すだけで顔が熱い。
私は逃げるように廊下を歩いていた。
厨房へ行こう。
小麦粉にまみれて現実逃避しよう。
そう決意した瞬間――
「義姉上!」
後ろから元気な声が飛んできた。
嫌な予感しかしない。
振り返ると、ルシアンが全力で駆けてきた。
「誰が義姉上ですか」
「もう婚約者なんだからほぼ義姉上でしょ?」
理屈が雑だ。
「何の用ですか」
「聞きたいことがいっぱいある!」
目がきらきらしている。
面倒な顔だ。
「断ります」
「昨夜、兄上と二人きりだったよね?」
「断ります」
「部屋の前でしばらく動けなかったって侍女が」
「誰ですか情報源は!」
城の情報網が怖い。
ルシアンはにやにやしながら顔を寄せる。
「ねえ、何があったの?」
「何もありません」
「じゃあ何で今日ずっと兄上と目を合わせなかったの?」
鋭い。
無駄に鋭い。
「気のせいです」
「あと兄上、朝から機嫌良すぎた」
そこまで見ているのか。
私は足早に歩き出した。
「知りません。忙しいんです」
「じゃあ一つだけ!」
「断ります」
「抱きしめられた?」
心臓が止まりかけた。
「なっ……!」
「図星だ!」
「違います!」
「今の間が答えだよ!」
この弟王子、強い。
そこへ、背後から低い声が落ちた。
「ルシアン」
空気が凍る。
振り返るまでもない。
アルフレッドである。
「私の婚約者で遊ぶな」
「遊んでないよ! 観察!」
「なお悪い」
そのまま首根っこを掴まれるルシアン。
「助けて義姉上ー!」
「知りません」
即答した。
アルフレッドは私を一瞬だけ見て、そっと言う。
「無理はするな」
それだけで、少しだけ胸があたたかくなる。
こうして悪役令嬢は――弟王子にしっかり見抜かれるのだった。




