86話 悪役令嬢、翌朝まともに顔を見られません
翌朝。
私は寝不足だった。
原因は明白である。
昨夜の出来事を思い出しては布団の中で転がり、落ち着いたと思えばまた思い出し――
最終的に枕へ顔を埋めた。
つまり、ほとんど眠れていない。
「……終わりました」
鏡の前で呟く。
目の下にうっすら影。
最悪だ。
「本日は王妃様との朝食会です」
エマが淡々と告げた。
「休みたいです」
「却下です」
「人生、厳しすぎません?」
「昨夜が甘かっただけです」
この人、知っている。
絶対知っている。
私は勢いよく振り向いた。
「な、何のことですか」
「ご想像にお任せします」
無敵である。
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朝の間へ向かう廊下。
心臓はまったく落ち着かない。
もし会ったらどうするの。
何を話せばいいの。
昨日――抱きしめられて、額に……。
無理だ。
「顔が赤いです」
「歩くと暑いんです」
「本日は涼しいですが」
敵しかいない。
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扉が開く。
いつもの朝の間。
国王陛下、王妃様、ルシアン、そして――
アルフレッドがいた。
終わった。
私は反射的に一礼し、そのまま視線を落とした。
見られない。
無理である。
「おはよう、アメリア」
王妃様の声が明るい。
「お、おはようございます……」
「どうしたの? 顔が赤いわよ」
「寝不足です」
「まあ、奇遇ね」
王妃様がにっこり笑う。
「アルフレッドも少し寝不足みたいよ」
ぶふっ、とルシアンが吹き出した。
「母上、朝から強い!」
「黙って食べなさい」
王妃様は強い。
私は恐る恐る視線を上げた。
――目が合った。
一瞬で逸らした。
無理。
心臓がうるさい。
「……アメリア」
低い声で呼ばれる。
「は、はい」
「こっちを見ろ」
「無理です」
即答してしまった。
ルシアンが机に突っ伏して笑っている。
「兄上ふられてる!」
「黙れ」
アルフレッドの声はいつも通り冷静。
……でも、耳が少し赤い。
それだけで、少しだけ安心する。
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朝食が運ばれる。
焼きたてのパン、卵料理、果物、温かなスープ。
私はパンに集中するふりをした。
だが――
隣から視線を感じる。
怖い。
「……何ですか」
小声で問うと、彼は静かに言った。
「顔色が悪い」
「寝不足です」
「知っている」
短い返事。
それだけなのに、妙に落ち着かない。
その時――
テーブルの下で、指先に何かが触れた。
びくっと肩が跳ねる。
アルフレッドの手だった。
ほんの一瞬。
そっと触れて、すぐに離れる。
誰にも見えない場所で。
「……っ」
思わず顔を上げる。
彼は何事もない顔で紅茶を飲んでいた。
ずるい。
本当にずるい人だ。
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食事が終わり、席を立つ。
廊下に出たところで――
「アメリア」
呼び止められる。
振り向けない。
でも止まる。
足音が近づく。
そして――
そっと肩に触れる手。
軽く、ほんの一瞬。
「無理はするな」
それだけ言って、手は離れた。
振り返ると、彼はもう歩き出していた。
ずるい。
本当にずるい人だ。
私は胸を押さえた。
心臓が、まだ落ち着かない。
こうして悪役令嬢は――
甘い夜の翌朝、静かに振り回されるのだった。




