第8話 病弱な第二王子と、やさしい卵粥
王城の北塔にある第二王子の私室は、驚くほど静かだった。
いつも元気いっぱいに走り回っているルシアンからは想像もつかないほど、しんとした空気が漂っている。
私は湯気の立つ鍋を抱え、アルフレッドの後ろについて部屋へ入った。
「失礼します」
天蓋付きの大きなベッド。
その中央で、ルシアンは小さく丸まって眠っていた。
頬は赤く、額には汗がにじんでいる。
「……本当に熱がある」
思わずつぶやくと、アルフレッドが眉を寄せた。
「昔からだ」
「え?」
「ルシアンは生まれつき体が弱い。普段は無理をして騒いでいるだけだ」
私は言葉を失った。
いつも明るく笑って、誰より元気に見えた少年。
その裏で、こんな体調不良を抱えていたなんて。
ベッド脇の侍医が頭を下げる。
「高熱ではありませんが、疲れが出たのでしょう。しばらく安静にすれば落ち着きます」
「食事は?」
「朝から何も召し上がっておりません」
私は持ってきた鍋をそっと机へ置いた。
「なら、ちょうどいいですね」
ふたを開けると、やさしい湯気と鶏だしの香りが広がった。
卵粥だ。
昨夜の徹夜明けでも食べやすいよう、米をとろとろに煮込み、ふんわり卵で包んだ一品。
刻んだ青菜も少し加えてある。
「……また料理か」
アルフレッドが呆れたように言う。
「病人には必要です」
「お前は何でも食事で解決するな」
「だいたい解決します」
すると、ベッドの上でもぞりと動く気配がした。
「……いい匂い」
ルシアンが薄く目を開けていた。
いつもの元気な声ではなく、かすれた弱々しい声だった。
「起こしてしまいましたか?」
「……アメリア?」
私を見ると、ぼんやりした顔が少しだけ緩む。
「来てくれて……うれしい」
胸がきゅっとした。
この子は、こんな時まで人を喜ばせるのか。
「お粥を作りました。少し食べられますか?」
ルシアンはこくりとうなずいた。
私は体を起こすのを手伝い、スプーンで一口すくって差し出す。
ふう、と冷まして口元へ運ぶと、ルシアンは素直に食べた。
しばらくして、小さく笑う。
「……おいしい」
「当然です」
「なんで得意げなの」
「作ったからです」
ルシアンはくすっと笑い、もう一口をねだった。
その様子を、アルフレッドは黙って見ていた。
やがて低い声で言う。
「……少し顔色が戻ったな」
「兄上、心配してた?」
「していない」
「してた顔だったよ」
「寝ていろ」
兄弟のやり取りに、私は思わず笑ってしまう。
ルシアンは食べ終えるころには、さっきよりずっと穏やかな表情になっていた。
「アメリア」
「はい?」
「明日も病気になったら、また来てくれる?」
「治ってください」
「だめかあ……」
私は額を押さえた。
すると侍医が感心したように口を開く。
「食欲が戻るのは良い兆候です。このまま休めば回復も早いでしょう」
ほっと息をつく。
その時、アルフレッドが私を見た。
「……礼を言う」
「え?」
「ルシアンのことだ」
珍しく真っ直ぐな言葉だった。
私は少し驚いてから、肩をすくめる。
「お粥一杯で大げさですね」
「それでも、だ」
彼の声音は静かで、どこかやわらかかった。
私はなぜか落ち着かず、視線をそらした。
(……なんでしょう、この感じ)
窓の外では、やわらかな昼の光が差し込んでいた。
こうして私は、病弱な第二王子の秘密と、冷徹王子の意外な優しさを知ることになった。




