第79話 悪役令嬢、指輪をはめられて固まります
婚約披露会まで、あと七日。
王城は祝祭前の熱気に包まれていた。
廊下には花の搬入。
大広間では装飾職人が脚立を立て、厨房では祝い料理の打ち合わせが続いている。
そして私は――逃げ場を失っていた。
「アメリア様、本日は宝飾師との面談です」
エマが爽やかに告げる。
「嫌な予感しかしません」
「素晴らしい直感です」
「帰っていいですか」
「もう来ております」
早い。
---
通された応接室には、年配の紳士が三人。
卓上には宝石箱がずらりと並んでいた。
眩しい。
「お初にお目にかかります、アメリア様」
「王家御用達の宝飾師でございます」
「本日は婚約指輪の最終確認を」
最終確認!?
私は勢いよくエマを見た。
「聞いてません」
「今お聞きになりました」
この人、本当に強い。
「殿下も間もなくお越しです」
嫌な予感しかしない。
その時、扉が開いた。
アルフレッドが入ってくる。
今日も無駄に整っている。
しかもなぜか機嫌が良さそうだ。
怖い。
「待たせたか」
「待っていません」
「そうか」
「そうです」
彼は気にせず私の隣に座った。
近い。
落ち着かない。
宝飾師たちは満足そうにうなずいている。
やめてほしい。
「では、候補を」
箱が次々と開かれた。
細身の銀の指輪。
王家の紋章入り。
青い宝石付き。
花模様の彫刻入り。
私は目が回りそうになる。
「どれも綺麗ですね」
「他人事みたいに言うな」
「他人事ではないんですか?」
「お前のだ」
心臓が変な音を立てた。
アルフレッドは一つの箱を手に取る。
白銀の輪に、小さな蒼石が埋め込まれた指輪だった。
派手すぎず、けれど上品で美しい。
「これだ」
宝飾師たちが一斉に頷く。
「やはり殿下はこちらを」
「お目が高い」
「最初からそれしか見ていなかった」
最後の人、余計なことを言った。
私は隣を見る。
アルフレッドは無表情のまま、わずかに耳が赤い。
……分かりやすすぎる。
「サイズ確認を」
宝飾師が差し出した瞬間だった。
アルフレッドが先に受け取る。
「私がやる」
なぜ。
部屋の空気が一気に色めき立つ。
エマだけが無表情だった。
「手を」
「え、ここで?」
「早く」
断れる空気ではなかった。
私はおそるおそる左手を差し出す。
彼の指が、そっと私の指先に触れた。
熱い。
たったそれだけで全身が固まる。
「力を抜け」
「む、無理です」
「抜け」
命令口調である。
でも声は少し優しい。
ゆっくりと指輪がはめられる。
ぴたりと収まった。
その瞬間、部屋中から感嘆の声が漏れた。
「お似合いですな」
「まるで最初からそこにあるようだ」
「美しい……」
やめてください。
私は今、呼吸が危うい。
アルフレッドは私の手を取ったまま、指輪を見つめている。
その横顔がやけに真剣で、余計に困る。
「……気に入らないか」
低い声が落ちた。
私は慌てて首を振る。
「ち、違います」
「では」
「綺麗です」
それから小さく付け足す。
「……嬉しいです」
彼は一瞬だけ目を見開き、それから静かに私の手の甲へ口づけた。
部屋が凍った。
私も凍った。
エマだけが淡々と告げる。
「皆様、今の件は口外無用でお願いいたします」
無理だと思う。
こうして悪役令嬢は――婚約前に、指輪ではめられて固まるのだった。




