第78話 悪役令嬢、嫉妬されて抱き寄せられます
婚約披露会まで、あと十日。
王城中が落ち着かない。
侍女たちは装飾の話で盛り上がり、厨房では祝い菓子の試作が続き、廊下を歩けば誰かしらに微笑ましい目で見られる。
やめてほしい。
私はただ静かにパンを焼きたいだけなのに。
「アメリア様、本日の予定です」
エマが手帳を開く。
「午前は礼法、午後は厨房視察、夕方は庭園散歩」
「最後の予定、誰が決めたんですか」
「殿下です」
でしょうね。
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午後、厨房では祝い用の焼き菓子がずらりと並んでいた。
砂糖をまぶした小さなクッキー。
果実のタルト。
蜂蜜のパウンドケーキ。
私は味見をしながら、職人たちに指示を出していく。
「このタルトは焼き時間を少し短く」
「はい!」
「こちらの生地はもっと軽くできます」
「さすがアメリア様!」
そんなやり取りをしていると、入口から明るい声が響いた。
「やあ、今日も甘い香りだね」
現れたのは、レオン・グランツだった。
以前エマに制圧されたはずの伯爵家次男である。
なぜ懲りていないのか。
「こんにちは」
「こんにちは、ではなく! 今日はちゃんと許可を取って来たんだ」
胸を張っている。
そこ、誇るところだろうか。
「婚約祝いに花を持ってきたよ」
差し出された花束は、確かに綺麗だった。
「……ありがとうございます」
受け取るべきか迷っていると、周囲の職人たちがざわつく。
「お似合いでは?」
「殿下に聞こえたら死ぬぞ」
「やめろ」
最後の人は誰だ。
低い声に、厨房全体が凍りついた。
入口に、アルフレッドが立っていた。
なぜいるのですか。
しかも少し怖い。
「殿下!」
レオンが一歩下がる。
賢明である。
アルフレッドは無言でこちらへ歩いてくると、私の手から花束を取った。
そして近くの見習いに渡した。
「飾っておけ」
「は、はい!」
処理が早い。
「アメリア」
「は、はい」
「散歩の時間だ」
「まだ仕事が」
「終わった」
誰が決めた。
反論する間もなく、彼は私の肩を抱き寄せた。
距離が近い。
厨房中が息をのむ。
「ちょ、近いです」
「そうか」
言いながら、さらに少し近づいた。
この人わざとだ。
私は耳まで熱くなる。
背後ではレオンが青ざめ、職人たちはにやにやしている。
やめてほしい。
そのまま庭園まで連れて行かれた。
噴水の前でようやく解放され、私は大きく息をつく。
「……あの、今の必要ありました?」
「必要だ」
即答だった。
「何のために」
アルフレッドは少し黙り、それから視線を逸らす。
珍しい。
「……あいつが、馴れ馴れしかった」
「レオン様ですか?」
「名前で呼ぶな」
「え?」
「今、この場では禁止だ」
意味が分からない。
私はしばらく彼を見つめ、それからようやく気づいた。
「……もしかして」
「違う」
まだ何も言っていない。
「嫉妬ですか?」
「違う」
即答が早い。
耳が少し赤い。
分かりやすすぎる。
「アルフレッド」
呼ぶと、彼はぴたりと動きを止めた。
この呼び方は、まだ特別らしい。
私は少し背伸びして、顔をのぞき込む。
「可愛いところ、あるんですね」
次の瞬間、また腕を引かれた。
今度は正面から抱き寄せられる。
「誰のせいだと思っている」
胸元から低い声が落ちてくる。
心臓に悪い。
「……私?」
「そうだ」
「理不尽です」
「知っている」
その声は、少しだけ楽しそうだった。
こうして悪役令嬢は――嫉妬した王子に、堂々と抱き寄せられるのだった。




