第75話 悪役令嬢、王妃に逃げ道を塞がれます
王妃のお茶会から三日後。
私は厨房で静かな幸せを噛みしめていた。
玉ねぎを刻む音。
鍋の湯気。
焼きたてパンの香り。
落ち着く。
やはり私はここが好きだ。
「……平和って素晴らしい」
「その平和、間もなく終わります」
背後からエマの声がした。
振り向くと、今日も完璧な侍女が立っている。
「嫌な予告ですね」
「王妃様がお呼びです」
「断ります」
「すでに断れない形で準備が進んでおります」
何それ怖い。
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王妃の私室へ連れて行かれた私は、扉を開けた瞬間に固まった。
部屋いっぱいの布。
ドレス。
靴。
宝石箱。
そして見知らぬ女性たち。
「いらっしゃい、アメリアさん♪」
王妃は満面の笑みだった。
その笑顔が一番怖い。
「……これは何でしょうか」
「採寸と仮仕立てです」
「何の」
「婚約披露会用の」
私は扉へ向きを変えた。
だが左右からエマと別の侍女に挟まれた。
逃げ道がない。
「お待ちください、アメリア様」
「嫌です!」
「諦めが肝心です」
エマまで敵だった。
王妃は楽しそうに扇子を揺らす。
「まだ正式決定ではありませんよ?」
「ではなぜ準備が進んでいるのですか!」
「決まってからでは遅いでしょう?」
この人、強い。
私はあっという間に試着室へ連行された。
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「腕を上げてください」
「はい……」
「息を吸って」
「はい……」
「止めて」
「はい……苦しいです……」
採寸とは拷問だったのかもしれない。
次々と布を当てられ、髪飾りを乗せられ、靴を合わせられる。
鏡の前には、見慣れない自分がいた。
淡い銀色のドレス。
胸元には小さな刺繍。
肩から流れる布が柔らかく揺れている。
「……誰ですか、この人」
「アメリア様です」
エマが即答した。
「綺麗です」
「慰めですか?」
「事実です」
王妃も満足そうに頷く。
「やはりこの色ね。アルフレッドの瞳にも合うわ」
そこまで計算していたのか。
怖い。
「殿下にも見せたいですね」
侍女の一人が言った瞬間だった。
「呼んであります」
王妃様がさらりと言った。
「え?」
扉が開いた。
終わった。
入ってきたのはアルフレッドだった。
一瞬だけ足を止める。
そして、珍しく言葉を失った。
私は穴があれば入りたかった。
「……母上」
「感想をどうぞ」
王妃がにこにこしている。
最低である。
アルフレッドは私を見つめたまま、しばらく黙っていた。
やめてください。
見ないでください。
心臓がもちません。
やがて彼は静かに言った。
「……よく似合っている」
部屋中の侍女たちが小さく沸いた。
やめて。
本当にやめて。
「そ、それだけですか?」
なぜ聞いた、私。
アルフレッドは少し眉を寄せ、それから私にだけ聞こえる声で言った。
「連れて帰りたいくらいには」
頭が真っ白になった。
エマが後ろで小さく咳払いする。
王妃は満面の笑みだった。
「決まりね」
「何がですか!?」
誰も答えてくれなかった。
こうして悪役令嬢は――王妃に完璧に逃げ道を塞がれるのだった。




