第73話 悪役令嬢、王宮中に噂が広がります
公務同行の翌朝。
私はいつもより早く目が覚めた。
理由は明白である。
昨日の会食で、アルフレッドが大勢の前でとんでもない発言をしたからだ。
『彼女は私の誇りでもある』
思い出しただけで布団に潜りたくなる。
「あああ……」
枕に顔を埋めてうめく私に、エマが淡々と言った。
「おはようございます、アメリア様」
「おはようございますじゃありません……」
「本日の王宮内噂速報をお持ちしました」
いらない。
絶対いらない。
「第一位。“殿下がついに公の場で想い人を認めた”」
「やめてください」
「第二位。“未来の王子妃は料理で商人を黙らせた”」
「黙らせてません」
「第三位。“殿下は会食中、三度アメリア様を見つめていた”」
「数えていた人がいるんですか!?」
王宮、暇なのだろうか。
エマは小さく頷いた。
「なお、厨房では拍手が起こりました」
なぜ。
逃げたい。
「……今日は部屋から出たくありません」
「無理です。本日は花嫁修業、午後は王妃とのお茶会です」
現実が厳しい。
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廊下へ出ると、侍女たちの視線が集まった。
「あ……」
「お、おはようございます、アメリア様!」
いつもより丁寧だ。
やめてほしい。
私は早足で進む。
すると角を曲がった先で、ルシアンが待ち構えていた。
「おはよう、義姉上!」
「誰が義姉ですか!」
「昨日すごかったね! 兄上、顔は平然としてたけど耳赤かったよ!」
「言わなくていいです!」
ルシアンは朝から元気だった。
そこへ低い声が落ちる。
「ルシアン」
ぴたりと彼が固まる。
背後にアルフレッドが立っていた。
今日も完璧に整っていて腹が立つほど格好いい。
「兄上、おはようございます!」
「朝から騒がしい」
「僕、義姉上と話してただけです」
「その呼び方はやめろ」
「じゃあ未来の――」
「ルシアン」
笑顔なのに怖い。
ルシアンは逃げるように去っていった。
さすが兄弟である。
私は視線をそらした。
「……おはようございます、アルフレッド様」
「おはよう」
少しだけ声が柔らかい。
ずるい。
「昨日のことですが」
「何だ」
「王宮中が騒いでいます」
「そうだろうな」
否定しないのか。
「困ります」
「なぜだ」
「恥ずかしいからです!」
彼は少し考えるように黙り、それから静かに言った。
「では、早く慣れろ」
「だから無理です」
するとアルフレッドは一歩近づき、私にだけ聞こえる声で告げた。
「これからもっと増える」
「……何がですか」
「私がお前を公に隣へ置く機会がだ」
心臓が止まりそうだった。
私は言葉を失う。
その隙に彼は私の手を取り、自然な動作で歩き出した。
「ちょ、ちょっと!」
「朝食へ行く」
「手!」
「問題あるか」
「あります!」
廊下の端で侍女たちが悲鳴のような小声を上げていた。
やめてほしい。
本当にやめてほしい。
エマだけが後ろで冷静に告げる。
「本日の噂速報、第一位が更新されますね」
「更新しなくていいです!」
こうして悪役令嬢は――王宮中へ盛大にお披露目されていくのだった。




