第72話 悪役令嬢、王子の公務に同行します
エマ最強伝説の翌日。
私は朝から落ち着かなかった。
なぜなら――
「準備はできたか」
目の前にアルフレッドがいるからである。
しかも正装だ。
深い紺色の上着に王家の紋章。
いつも以上に王子らしく、眩しい。
「ま、まだ心の準備が……」
「心の準備は馬車でしろ」
冷たいようでいて、少しだけ口元が緩んでいる。
ずるい。
今日は花嫁修業の一環として、アルフレッドの公務に同行することになったのだ。
他国から来た商人たちとの昼食会。
王都の特産品や交易について話し合うらしい。
なぜ私まで、と思ったが――
『食に関する話なら、アメリアさんの方が役に立つでしょう?』
王妃様の一言で決まった。
王妃様は本当に何でも決める。
「アメリア様、緊張しすぎです」
後ろからエマが淡々と言う。
今日も当然のように同行である。
「顔色は悪くありません。手も少ししか震えていません」
「震えているんですね……」
「問題ありません」
何が問題ないのだろう。
アルフレッドが私の前に立つ。
「不安か」
「……少しだけ」
「なら、私の隣にいろ」
心臓に悪い。
そういうことを自然に言うのは反則だと思う。
「い、行ってきます」
誰に言ったのか分からないまま、私は馬車へ乗り込んだ。
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王城の迎賓館。
豪華な会食室には、他国の商人たちが並んでいた。
色鮮やかな衣装、立派な髭、派手な指輪。
見るからに裕福そうだ。
私はアルフレッドの少し後ろに立つ。
エマはさらに後ろで壁のように控えていた。
「ようこそ、我が国へ」
アルフレッドの声は静かでよく通る。
いつもの彼とは少し違う。
凛としていて、近寄りがたいほど堂々としていた。
……かっこいい。
商人たちも一気に空気を引き締める。
さすが王子様だ。
会食が始まり、料理が運ばれてくる。
前菜、魚料理、香草のスープ。
商人の一人が首をかしげた。
「美味だが、少し味が濃いですな。わが国ではもっと素材の甘みを活かします」
場の空気が少し揺れた。
料理人たちが緊張しているのが分かる。
するとアルフレッドが、ちらりと私を見た。
え。
私ですか。
その視線に背中を押され、私は一歩前へ出た。
「恐れながら……」
全員の視線が集まる。
無理。帰りたい。
でも逃げない。
「本日の魚は海風の強い地域で育ったものです。身が締まり、旨味が濃い反面、塩味と合わせると個性が引き立ちます」
商人たちが耳を傾ける。
「ですが、甘みを活かすなら……柑橘の香りを添え、蒸して仕上げるのも素敵かと」
数人が感心したように頷いた。
一人の商人が笑う。
「なるほど。面白い。料理に詳しいご令嬢ですな」
私は口ごもった。
その時だった。
アルフレッドが静かに言う。
「当然だ」
場がしんとする。
「彼女は私が最も信頼する料理人だ」
……え?
「そして、私の誇りでもある」
今度こそ部屋が静まり返った。
私の顔は一瞬で熱くなった。
エマが後ろで小さく咳払いした。
たぶん笑いをこらえている。
商人たちは一拍遅れて大きく笑った。
「これは失礼した! 殿下がそこまで言われるとは!」
「羨ましい限りですな!」
私は穴があれば入りたかった。
会食はその後、大成功のまま終わった。
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帰りの馬車。
私はまだ顔が熱いままだった。
「……アルフレッド様」
「何だ」
「誇り、というのは言いすぎでは?」
彼は窓の外を見たまま答える。
「事実だ」
短い。
だがずるい。
「そういうことを急に言わないでください」
「慣れろ」
「無理です」
前の席でエマが静かに言った。
「お似合いでした」
「エマさんまで!」
こうして悪役令嬢は――王子の隣で、少しだけ胸を張れるようになるのだった。




