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悪役令嬢ですが、王宮厨房から王太子妃になりました  作者: 星乃茶々


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第70話 悪役令嬢、花嫁修業初日で心が折れかけます

花嫁修業初日。


私はまだ朝だというのに、すでに疲れていた。


「背筋を伸ばしてください、アメリア様」


「はい……」


「肩に力が入っています」


「はい……」


「ため息は禁止です」


「はい……」


目の前に立つのは侍女長マルグリット。


王妃様が連れてきた、礼儀作法の鬼である。


銀髪をきっちりまとめ、背筋は剣のように真っ直ぐ。


笑顔なのに怖い。


その隣には、静かに控えるエマ。


今日も完璧である。


「アメリア様、顎が下がっています」


「エマさんまで……」


「私は味方ですが、指導中は別です」


味方とは。


広い練習室の中央で、私は頭の上に本を乗せられていた。


歩くたびに落ちる。


五歩で落ちる。


今は三歩で落ちた。


「もう嫌です……」


「王子妃候補が三歩で諦めてはいけません」


マルグリットの声が飛ぶ。


厳しい。


とても厳しい。


厨房でパン生地百個こねる方が楽だ。


「では次。カップの持ち方です」


机に並べられたティーカップ。


私は慣れた手つきで持ち上げた。


「違います」


即座に止められた。


「それは“仕事の持ち方”です」


「仕事の持ち方?」


「厨房で熱い鍋蓋を取る者の手です」


見抜かれた。


エマがそっと言った。


「親指に力が入りすぎています」


「そこまで分かるのですか」


「護衛訓練でも握り方は重要ですので」


「今、聞き捨てならない言葉が」


「お気になさらず」


気になる。


非常に気になる。


午前の部が終わる頃には、私は椅子に沈んでいた。


「もう立てません……」


「まだ半分です」


マルグリットは無慈悲だった。


「午後は歩き方、笑顔、会話術、ダンス復習となります」


「午後もあるのですか!?」


「当然です」


王子妃への道は遠い。


その時、扉が開いた。


「失礼する」


救世主の声だった。


アルフレッドである。


私は立ち上がりかけて、また座った。


足が限界だった。


「アルフレッド様!」


「どうした、その顔は」


「人生を見失いかけています」


彼は一瞬だけ口元を緩めた。


笑ったな。


「母上に頼まれ、進捗を見に来た」


絶対面白がっている。


マルグリットが一礼する。


「順調でございます。根性はあります」


「褒められている気がしません」


アルフレッドは私の前に来ると、机の上のカップを手に取った。


「こうだ」


自然で美しい所作だった。


悔しいが完璧である。


「……できません」


「できる」


「根拠は」


「お前は負けず嫌いだからな」


ずるい。


そんな言い方をされたら、やるしかないではないか。


私はもう一度カップを持つ。


指先に力を抜き、背筋を伸ばす。


「……こうですか?」


マルグリットが目を細めた。


「良いでしょう」


エマも小さく頷く。


「十分にお美しいです」


「本当ですか?」


「はい。殿下も見惚れておられます」


「エマ!」


思わず振り向く。


アルフレッドは無言で視線を逸らした。


耳が少し赤い。


「……見惚れてなどいない」


「今、間がありました」


「気のせいだ」


私は少し元気になった。


単純だと自分でも思う。


「では午後も頑張れ」


そう言って去ろうとする彼の袖を、思わず掴んだ。


「……ご褒美は?」


言ってから固まった。


何を言っているのだ私は。


だがアルフレッドは振り返り、静かに言った。


「夕方、庭園へ来い」


また呼び出しである。


それなのに、少し嬉しい。


こうして悪役令嬢は、花嫁修業初日で心が折れかけながらも――なんとか立て直すのだった。

いつも読んでいただきありがとうございます。

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