第59話 悪役令嬢、王妃様のお茶会で囲まれてしまいます
数日後。
私は鏡の前で固まっていた。
「……無理です」
「無理ではありません」
即答したのは侍女ミラだ。
今日は王妃様主催の庭園お茶会。
そして私は、半ば強制的に参加させられている。
淡いクリーム色のドレスに、上品な刺繍。
髪はふんわりと結い上げられ、小さな花飾りまでついていた。
どう見ても厨房勤務の格好ではない。
「これは令嬢の装いです」
「私は元、です」
「本日は“今”でお願いします」
逃げ道がない。
ミラは満足そうに頷くと、最後に耳元で囁いた。
「殿下が倒れそうですね」
「やめてください」
やめてほしい。
庭園へ向かうと、すでに優雅なお茶会が始まっていた。
色とりどりの花が咲き誇る王宮庭園。
白いテーブルクロスの丸卓。
紅茶の香り。
焼き菓子の甘い匂い。
そして着飾った若者たち。
私は場違い感に押し潰されそうになる。
「アメリア!」
王妃様が嬉しそうに手を振った。
「こちらへいらっしゃい」
「失礼いたします……」
席へ着くや否や、周囲の視線が集まる。
ひそひそ声まで聞こえた。
「あの方が……」
「王子殿下のお気に入りの……」
「厨房の……?」
聞こえてます。
帰りたい。
王妃様は涼しい顔で紅茶を飲んでいる。
絶対わざとだ。
すると、若い文官風の男性が一歩進み出た。
「初めまして、アメリア様。私は文官のエドワードと申します」
「は、初めまして」
にこやかで感じの良い青年だった。
「以前、殿下が絶賛されていたスープをぜひ一度味わってみたいと思っておりました」
「そんな、大したものでは……」
「謙遜まで美しい」
何だこの人。
次に別の騎士が現れる。
「私は騎士団所属のマーカスです。パン祭りで拝見して以来、ぜひご挨拶をと」
パン祭りって何だ。
知らない間に開催されていたのか。
「え、ええと……ありがとうございます」
その後も次々と人が来た。
「ジャムの作り方を」
「おすすめの茶葉は」
「お好きな花は」
「理想の男性像は」
最後の質問は誰だ。
私は笑顔を保ちながら、心の中で泣いていた。
助けてください。
王妃様を見る。
にこにこしている。
助ける気ゼロだ。
その時。
庭園の空気が、ぴたりと変わった。
ざわめきが止み、人々が一斉に道を開ける。
見なくても分かる。
ゆっくり振り向けば、そこにはアルフレッドが立っていた。
深い紺の礼装に身を包み、冷たい美貌はいつも以上に近寄りがたい。
……少し、機嫌が悪そうだった。
「遅れてしまいました」
王妃様が優雅に微笑む。
「いいえ、ちょうど良い頃合いよ」
絶対違う。
アルフレッドの視線が、私を囲む令息たちへ向く。
空気が凍った。
「……随分、賑やかだな」
低い声だった。
文官エドワードが一歩下がる。
騎士マーカスが顔を引きつらせる。
私はなぜか申し訳なくなった。
「で、殿下、これはその……」
説明しようとした瞬間。
アルフレッドは無言で私の背後へ回り、そっと腰へ手を添えた。
「ひゃっ」
そのまま自然な動作で自分の隣へ引き寄せる。
周囲が息を呑んだ。
私は心臓が止まりそうだった。
彼は誰を見るでもなく、静かに告げる。
「彼女は私の隣だ」
庭園中が凍った。
王妃様だけが楽しそうに笑っている。
「さあ、皆さま。お茶を続けましょう」
続けられる空気ではない。
私は顔を真っ赤にしながら、小声で抗議した。
「で、殿下……皆さま見ています」
「見せている」
「なぜですか!」
「分からせるためだ」
耳まで熱い。
周囲の令息たちは完全に敗北した顔で引いていく。
王妃様は満足そうに頷いた。
「予想以上ね」
やっぱり仕組んだのか。
こうして悪役令嬢は、王妃様のお茶会で盛大に囲まれ――そして王子に堂々と回収されてしまったのだった。




