第55話 妹君、帰り際に王子を義兄候補と呼びます
翌朝。
王城の正門前には、一台の立派な馬車が用意されていた。
セシリアたちを屋敷へ送り届けるためのものだ。
朝の空気は澄んでいるのに、胸の奥だけが少し重い。
短い滞在だった。
けれど、私にとってはとても大きな時間だった。
失いかけていた家族との絆。
昔と変わらず慕ってくれる妹。
少しずつほどけていく過去。
全部、セシリアが連れてきてくれた気がする。
「お姉様!」
今日も元気な声とともに、セシリアが駆けてきた。
淡い水色の旅装姿で、朝日にきらきらして見える。
「走らないで。転びます」
「転びません!」
元気で何よりだ。
私は笑いながら抱きしめる。
するとセシリアは、私の耳元で小さく囁いた。
「……本当は、もっと一緒にいたかったです」
胸が締めつけられた。
「私もよ」
そう答えると、妹は少しだけ目を潤ませて笑った。
ずるい。
朝から泣かせに来ている。
父と母も近づいてきた。
以前のぎこちなさはなく、穏やかな表情だった。
「アメリア」
父が静かに口を開く。
「また近いうちに会いに来なさい」
「はい」
「今度は……普通に、家族として迎える」
その言葉に、私は深く頭を下げた。
母も目元を押さえている。
本当に、少しずつ変わっているのだ。
その時、後方から低い声がした。
「出発の時間だ」
アルフレッドだった。
今日も朝から完璧に整った姿で立っている。
……耳まで完璧に見える。
セシリアの目がきらりと光った。
危険信号である。
「殿下!」
妹は迷いなく駆け寄った。
「何だ」
「お姉様を、これからもよろしくお願いいたします」
私はむせた。
父が咳き込み、母が固まる。
ルシアンはどこから現れたのか、大笑いしていた。
「妹ちゃん強い!」
「セシリアです」
そこは訂正するらしい。
アルフレッドは数秒沈黙し、セシリアを見下ろした。
「……言われるまでもない」
私は停止した。
セシリアは満面の笑みになる。
「では安心です!」
「何の話ですか!?」
私だけ話についていけていない。
妹はくるりとこちらを振り返った。
「お姉様」
「な、何」
「次に会う時は、もっと幸せそうなお顔を見せてくださいね」
「今でも十分幸せそうだよねー」
ルシアンが余計な補足をした。
「黙ってくださいませ」
妹、強い。
私は顔を赤くしながら言い返す。
「あなたも十分楽しそうでしたよ」
「ええ。第二王子殿下と仲良くなれましたもの」
ルシアンが胸を張る。
「僕たち友達!」
「まだです」
と言いながら否定が弱い。
馬車へ乗り込む直前、セシリアがもう一度私へ抱きついた。
「お姉様、大好きです」
「……私もよ」
涙が零れそうになる。
セシリアは離れると、今度はアルフレッドへぺこりと頭を下げた。
「義兄候補様も、お元気で」
空気が止まった。
「セシリア!!」
私は叫んだ。
ルシアンは腹を抱えて笑っている。
父は空を見上げ、母は口元を押さえていた。
アルフレッドだけが微動だにしない。
……耳は真っ赤だったが。
馬車がゆっくり走り出す。
窓から手を振る妹に、私も大きく手を振り返した。
姿が見えなくなるまで。
しばらくその場に立ち尽くしていると、隣に気配が来る。
アルフレッドだった。
「泣くな」
「泣いてません」
「目が赤い」
「朝日です」
「そうか」
彼はそれ以上何も言わず、そっと私の肩へ上着をかけた。
温かい。
こうして妹君は帰っていき、そして悪役令嬢の胸には――寂しさと、それを埋める新しい温もりが残るのだった。




