第52話 悪役令嬢、観覧車…ではなく鐘楼で距離が近すぎます
贈り物を抱えたまま歩いていると、通りの先に人だかりが見えた。
子どもたちの歓声。
大道芸人の笛の音。
人々の笑い声。
私は思わず足を止める。
「何でしょう?」
「祭りの催しだろう」
アルフレッドは周囲を見渡した。
今日は王都の春祭りだったらしい。
知らなかった。
「行ってみたいです」
「……子どもか」
「違います」
だが既に体はそちらへ向いている。
彼は小さくため息をつき、私の手を取ったまま人混みへ進んだ。
「離れるな」
「それしか言いませんね」
「十分だ」
少し嬉しそうなのが腹立たしい。
広場の中央には、大きな鐘楼があった。
石造りの高い塔。
上には展望台があり、街を一望できるらしい。
入口には札が出ている。
恋人同士で鐘を鳴らせば永遠に結ばれる
私は即座に視線を逸らした。
見なかったことにしたい。
だがアルフレッドは普通に読んでいた。
「……上るぞ」
「なぜですか!?」
「景色を見るためだ」
「絶対違います」
「何がだ」
白々しい。
周囲の若い男女が楽しそうに列を作っている。
私は真っ赤になった。
「私はここで待っています」
「却下」
即答だった。
「高い所は少し怖いですし」
すると彼の表情が変わる。
「……そうなのか」
少しだけ声音が柔らかくなる。
ずるい。
「なら、無理はさせん」
「え?」
「だが途中まで行けるなら私がついている」
心臓がうるさい。
結局、私は断りきれず階段を上っていた。
石の螺旋階段。
思ったより高い。
少し怖い。
私は手すりを握る。
すると後ろから低い声。
「アメリア」
振り向けば、アルフレッドが手を差し出していた。
「掴まれ」
「子ども扱いです」
「違う」
「では何ですか」
「私が安心する」
反則である。
私は黙ってその手を取った。
温かい。
階段を上るたび、距離が近い。
狭い通路で自然と肩が触れる。
無理である。
頂上へ着くと、そこには王都の景色が広がっていた。
赤い屋根の家々。
遠くの川。
市場の賑わい。
青い空。
私は思わず息を呑む。
「……綺麗」
「そうだな」
だが彼は景色ではなく、私を見ていた。
やめてほしい。
心臓に悪い。
風が吹き、髪が乱れる。
アルフレッドがそっと私の髪へ手を伸ばした。
「じっとしていろ」
「な、何ですか」
「髪が絡んでいる」
器用な指先が髪を整える。
近い。
顔が近い。
鐘楼よりこちらが危険である。
「……できた」
「ありがとうございます」
声が小さくなる。
その時、下から係員の声が響いた。
「鐘は一組ずつどうぞー!」
私は固まる。
アルフレッドは静かに綱へ手を伸ばした。
「殿下!?」
「景色を見るためだ」
「鐘を鳴らしてます!」
彼は私の手を取り、綱へ重ねた。
「一人では重い」
「嘘です!」
二人で引く。
大きな鐘の音が、王都中へ響き渡った。
ごおん――。
人々の歓声が下から上がる。
私は顔を覆いたくなった。
アルフレッドは満足そうである。
「……これでいい」
「何がですか」
「さあな」
絶対分かっている顔だった。
こうして悪役令嬢は、観覧車など存在しない世界の代わりに――鐘楼の上で距離を縮められてしまうのだった。




