第44話 冷徹王子、庭園で初めて本音をこぼします
国王陛下の爆弾発言の後。
私は恥ずかしさに耐えきれず、大広間を抜け出して王城の庭園へ逃げていた。
夜風が頬に心地いい。
月明かりに照らされた噴水。
春の花々の香り。
遠くから聞こえる舞踏会の音楽。
ようやく息ができる。
「……心臓に悪すぎます」
誰にともなく呟いた時だった。
「逃げ足だけは速いな」
低い声が背後から落ちた。
振り向けば、アルフレッド。
礼装姿のまま、静かにこちらへ歩いてくる。
「追ってこないでください」
「放っておけるか」
ずるい返答である。
私は噴水の縁に腰を下ろした。
「殿下のお父上、自由すぎませんか」
「昔からだ」
「止めてください」
「止まらん」
即答だった。
少し想像できる。
私は思わず笑ってしまう。
アルフレッドも近くへ来て、少し距離を空けて立った。
沈黙。
遠くの楽団の音だけが流れる。
こうして二人きりで静かな時間を過ごすのは、意外と初めてかもしれない。
「……先ほどのことだが」
アルフレッドが口を開いた。
「陛下の冗談ですよね?」
「半分は」
「半分あるんですか」
頭が痛い。
彼は月を見上げたまま、静かに続けた。
「王家に来い、という話だ」
「それです」
「冗談では済まされん立場だ」
その声は珍しく重かった。
私は息を呑む。
第一王子。
王位継承者。
彼には恋愛だけでは済まない現実がある。
「……私は」
何を言えばいいのか分からない。
元婚約破棄された令嬢。
王族に相応しいとは、とても思えない。
するとアルフレッドがこちらを見た。
「また余計なことを考えているな」
「読心術ですか」
「顔に書いてある」
失礼である。
けれど彼の目は真剣だった。
「身分だの評判だの、周囲は好きに言う」
「……はい」
「だが、私には関係ない」
夜風が止まった気がした。
彼は一歩近づく。
「私は、お前を見て決める」
胸が大きく鳴る。
「殿下……」
「料理人としてでも、令嬢としてでもない」
さらに一歩。
「アメリア、お前自身を」
名前。
また名前で呼ばれた。
ずるい。
本当にずるい。
私は視線を逸らすしかできない。
「そんなこと、急に言われても困ります」
「困れ」
「横暴です」
「知っている」
少しだけ口元が緩んでいた。
私は頬の熱をごまかすように言った。
「……それで、追いかけてきた理由は?」
アルフレッドは一瞬黙る。
そして低く答えた。
「お前が、他の男と踊るのを想像したら落ち着かなかった」
今度こそ心臓が止まりそうになった。
「そ、それはつまり」
「言わせるな」
耳まで赤い。
月明かりでも分かるくらい赤い。
私は耐えきれず笑ってしまった。
「殿下、可愛いですね」
「帰るぞ」
「怒りました?」
「怒っていない」
完全に怒っている。
けれど差し出された手は、ちゃんと私を待っていた。
私はそっとその手を取る。
冷たいと思っていた手は、いつの間にかとても温かかった。
こうして冷徹王子は、庭園の月の下で――初めて本音をこぼしたのだった。




