第39話 悪役令嬢、王子と共に舞踏会へ降り立ちます
春の王城舞踏会、開宴の刻。
大広間はまばゆい光に包まれていた。
幾つものシャンデリア。
磨き上げられた大理石の床。
色とりどりのドレスと礼装。
弦楽器の優雅な旋律。
王国中の名家が集う、華やかな夜だった。
ざわめきの中、司会官の声が高らかに響く。
「第一王子アルフレッド殿下、ご入場――!」
扉が開く。
私は思わず息を止めた。
隣にはアルフレッド。
堂々とした歩み。
揺るがぬ眼差し。
誰もが道を開ける威厳。
そしてその隣に――私がいる。
「……今からでも帰れませんか」
小声でつぶやく。
「無理だ」
即答だった。
「でしょうね」
アルフレッドは腕を差し出したまま、少しだけ声を落とす。
「前を向け」
「足元しか見たくありません」
「転ぶぞ」
「脅しですか」
「忠告だ」
いつもの調子に、少しだけ緊張が和らぐ。
私は意を決して顔を上げた。
視線が集まっている。
驚き。
好奇。
戸惑い。
そして羨望。
かつて婚約破棄された悪役令嬢が、第一王子の隣で堂々と入場しているのだ。
ざわめきが広間に広がる。
「まさか……」
「ローゼリア家の……?」
「お美しい……」
最後の声だけ拾っておく。
アルフレッドが低く言った。
「気にするな」
「聞こえています」
「良い方だけ拾え」
都合がいい。
けれど少し笑ってしまった。
階段を降り、大広間中央へ進む。
その時、人波の向こうに見覚えのある顔があった。
父。
母。
ローゼリア公爵夫妻だ。
二人とも目を見開き、言葉を失っている。
無理もない。
追放寸前だった娘が、王子の隣で入場しているのだから。
そしてその隣に、淡い桃色のドレス姿の少女がいた。
セシリア。
大きな瞳が揺れている。
目が合った瞬間、彼女は泣きそうに微笑んだ。
胸が少し締めつけられる。
「知り合いか」
アルフレッドが囁く。
「……妹です」
彼の視線が柔らかくなる。
「後で話せばいい」
その一言に救われる。
広間中央では、王妃セレナが玉座近くから満足げにこちらを見ていた。
絶対に仕組んでいる顔だ。
その隣でルシアンが全力で手を振っている。
やめてほしい。
「兄上ー! アメリアー! 似合ってるー!」
静まり返った広間に響き渡った。
「ルシアン」
アルフレッドの声が低い。
「ひっ」
王妃が笑いをこらえている。
私は耐えきれず吹き出した。
その笑顔を見て、周囲の空気が少し変わる。
緊張がほどける。
私はただ、隣の人の腕にそっと力を込めた。
するとアルフレッドがわずかに視線を下ろし、静かに言う。
「大丈夫だ」
「……はい」
もう怖くない、とは言えない。
けれど一人ではない。
それだけで、こんなにも違うのだと知った。
楽団の音が高まり、司会官が宣言する。
「第一王子殿下、開宴の舞を――!」
ざわめきが再び広がる。
私は硬直した。
「……え?」
アルフレッドがこちらを見る。
「行くぞ、アメリア」
まさかの一曲目。
逃げ場は、もうどこにもなかった。
こうして悪役令嬢は、王子と共に――王国中の視線の中へ降り立ったのだった。
【新登場人物】
✦セシリア・フォン・ローゼリア
アメリアの妹
明るく素直で姉大好き




