第37話 悪役令嬢、舞踏会の招待客名簿に固まります
舞踏会当日の朝。
私は厨房で、王妃主催の前菜準備に追われていた。
香草の下ごしらえ。
ソースの味見。
焼き菓子の最終確認。
手は動いている。
だが心はまったく落ち着かない。
今夜、春の王城舞踏会。
しかも私は――第一王子のパートナー。
現実味がなさすぎて、時々魂が抜けそうになる。
「アメリア様、お顔が白いです!」
侍女が慌てて駆け寄る。
「元からです」
「そういう意味ではなく!」
その時、王妃付き侍女が一冊の帳面を抱えて現れた。
「アメリア様、王妃様より招待客最終名簿をお届けに参りました」
「なぜ私に」
「心の準備をしておきなさい、とのことです」
余計なお世話である。
私は嫌な予感を抱きつつ帳面を開いた。
王侯貴族の名がずらりと並ぶ。
公爵家。侯爵家。伯爵家。
目が滑る。
そして、ある一行で止まった。
ローゼリア公爵夫妻
ローゼリア家次女 セシリア・ローゼリア
「……次女?」
侍女たちがざわついた。
「妹君がいらしたんですか!?」
「初耳です!」
私も初耳である。
いや、正確には存在は知っている。
だが幼い頃から領地の別邸で育てられ、社交界デビューまで表に出されなかった。
病弱で、人前が苦手だと聞いていた。
「セシリアが来る……」
胸の奥がざわつく。
最後に会ったのは、私が婚約破棄される少し前。
あの子は泣きそうな顔で、何か言いたげだった。
けれど私は余裕がなく、ろくに話もできなかった。
「お姉様……?」
小さな声が脳裏によみがえる。
そこへ低い声がした。
「何を見ている」
アルフレッドだった。
今日も無駄に顔がいい。
しかも舞踏会用の礼装姿である。
朝から心臓に悪い。
私は帳面を差し出した。
「実家が来ます」
彼は一読し、目を細めた。
「……妹がいたのか」
「いました」
「初めて聞いた」
「話す機会がありませんでした」
アルフレッドは名簿の一行を見つめ、静かに言う。
「会いたくないなら、無理に顔を合わせる必要はない」
その言葉に、少し肩の力が抜けた。
「……でも」
「でも?」
私は小さく息を吐いた。
「妹だけは、少し気になります」
父と母には複雑な感情しかない。
けれどセシリアには、怒りより心残りがあった。
あの子は、何を思って今夜ここへ来るのだろう。
アルフレッドは帳面を閉じ、私へ返す。
「なら会えばいい」
「簡単に言いますね」
「私がいる」
またそれだ。
その一言で、いつも少しだけ救われる。
ずるい人である。
そこへルシアンが飛び込んできた。
「兄上ー! って、あれ? 重い空気?」
「お前には分からなくていい」
「分かるよ! アメリア緊張してるんでしょ!」
図星だった。
ルシアンはにこっと笑う。
「大丈夫。今夜いちばん綺麗なのは、たぶんアメリアだよ」
「ルシアン」
「褒めただけなのに!?」
本日も耳を引っ張られている。
私は思わず吹き出した。
不安は消えない。
でも、少しだけ前を向ける。
今夜私は、過去と向き合うことになるのかもしれない。
こうして悪役令嬢は、舞踏会の前に――招待客名簿一冊で心を揺さぶられるのだった。




