第28話 冷徹王子、正式に迎えに行きます
その日の午後。
王城正門前には、一台の黒塗りの馬車が用意されていた。
王家の紋章入り。
見ただけで胃が痛くなる格式である。
私はその前で立ち尽くしていた。
「……本当に行くんですか」
「当然だ」
アルフレッドが淡々と言う。
今日も無駄に顔がいい。
しかも正装姿だった。
濃紺の礼装に銀の飾緒。
整えられた金髪。
背筋は真っ直ぐ、表情は冷静。
いつもの三割増しで近寄りがたい。
「実家への抗議なら、手紙でもいいのでは?」
「手紙では足りん」
「なぜ」
「直接言う」
嫌な予感しかしない。
そこへ王妃セレナとルシアンが現れた。
「まあ、素敵」
「兄上、めちゃくちゃ気合い入ってる!」
「違う」
即否定だった。
王妃は扇子で口元を隠しながら微笑む。
「そういうことにしておきましょう」
「母上」
「アメリア、楽しんでいらっしゃい」
楽しめる要素が見当たらない。
ルシアンは私にこっそり耳打ちした。
「兄上、朝から鏡三回見てたよ」
「ルシアン」
「痛い痛い痛い!」
また耳を引っ張られている。
私は思わず吹き出した。
その瞬間、アルフレッドが少しだけ表情を緩める。
「行くぞ」
「……はい」
馬車へ乗り込むと、内部は静かで広かった。
向かい合って座るには近い。
妙に近い。
馬車が動き出す。
しばらく沈黙が続いた。
私は落ち着かず、窓の外を見る。
「緊張しているのか」
「していません」
「顔に書いてある」
親子そろって同じことを言う。
私はため息をついた。
「……少しだけ、です」
ローゼリア公爵家。
かつて私がいた場所。
褒められるより減点されることの方が多く、息苦しかった家。
婚約破棄の時も、守ってはくれなかった。
アルフレッドが静かに言う。
「今日は私がいる」
その一言に、胸が熱くなる。
「殿下」
「なんだ」
「……ありがとうございます」
アルフレッドは一瞬目を細め、すぐ視線を逸らした。
「当然だ」
耳が少し赤い。
珍しい。
やがて馬車は公爵邸へ到着した。
重厚な門。
整えられた庭園。
昔は誇らしかった景色が、今は妙に遠い。
使用人たちが慌てて並ぶ。
「だ、第一王子殿下、ご来訪――!」
ざわめきが広がる。
父であるローゼリア公爵と母が、青ざめた顔で玄関へ現れた。
「で、殿下……! これは突然……」
アルフレッドは一歩前へ出る。
その空気が一瞬で変わった。
冷たいほど静かな威圧感。
政務会議で見た、“王子の顔”だった。
「突然で悪い」
声は低く、よく通る。
「だが急を要する話なのでな」
父が震えている。
私は少しだけ複雑な気分になった。
アルフレッドは淡々と続ける。
「アメリアへの縁談話について聞いた」
「そ、それは……娘の将来を思い……」
「本人の意思確認なく進めたと?」
「……」
返せない。
アルフレッドの視線が鋭くなる。
「王城勤めの人員に対し、無断で婚姻話を進めるとは随分な判断だ」
「も、申し訳ございません……!」
父が頭を下げた。
あの父が。
昔、決して頭を下げなかった父が。
私は息をのむ。
アルフレッドはさらに言った。
「加えて、相手方の素行調査も甘い」
「……!」
「遊興癖、借財、女癖。三拍子そろっている」
終わっている。
父と母の顔色が消えた。
「娘を売る気か」
静かな声なのに、誰より怖い。
私は思わず背筋を伸ばした。
しばし沈黙の後、アルフレッドは私の横へ戻る。
そして、はっきりと言い放った。
「アメリアは王城に必要な人材だ。今後、本人の意思なく話を進めることは許さない」
その言葉に、胸が大きく揺れた。
必要な人材。
守られている。
そう感じてしまった。
父は何度も頭を下げるしかなかった。
馬車へ戻る途中、私は小さく言う。
「……殿下」
「なんだ」
「少し、格好よすぎませんか」
アルフレッドが足を止める。
珍しく言葉を失っている。
その隙に私は先に歩いた。
背後でルシアンのいない静かな世界に、王子の低い声だけが落ちる。
「……反則だろう」
こうして冷徹王子は、正式に私を迎えに来てしまったのだった。
【新登場人物】
✦レオナルド・フォン・ローゼリア
アメリアの父。ローゼリア伯爵家当主。厳格で誇り高い人物。
✦ヴィクトリア・フォン・ローゼリア
アメリアの母。気品ある伯爵夫人。礼儀作法に厳しいが家族思い。




