第25話 国王陛下、胃袋も心も掴まれます
その日の夜。
王城の晩餐室は、いつも以上に張りつめた空気に包まれていた。
長い食卓。
磨き上げられた銀器。
整列する侍従たち。
そして中央には、国王陛下。
王妃セレナは楽しげに微笑み、ルシアンはそわそわと落ち着きがない。
アルフレッドだけが無表情だった。
……いや、少しだけ眉間にしわが深い。
「緊張しておるな、アルフレッド」
「しておりません」
「顔に書いてあるぞ」
「父上」
低い声が響く。
私は厨房の扉の陰で深呼吸した。
今夜の献立は、王国伝統料理をもとに再構成した特別料理。
若鶏の香草焼き。
根菜の蜜煮。
そして、王家に古く伝わる――黄金のパイ包み焼き。
古い料理書庫で見つけた記録を参考に、食べやすく整えた一皿だ。
(……やるしかない)
料理が運ばれ、晩餐が始まる。
国王はまず香草焼きを口にし、うなずいた。
「ほう」
次に根菜の蜜煮を食べ、目を細める。
そして最後に、黄金のパイ包みへとナイフを入れた。
さくり、と美しい音が響く。
中から立ちのぼる湯気と香り。
国王は一口食べ――動きを止めた。
室内が静まり返る。
誰も息をしない。
やがて国王は、ゆっくりとナイフを置いた。
「……懐かしい」
その声は、昼間とは別人のように静かだった。
王妃が目を瞬く。
「あなた?」
「幼い頃、母上がよく作ってくださった」
国王は皿を見つめたまま続ける。
「戦後で物資も少なく、豪華な料理ではなかった。だが寒い夜になると、この香りが城中に満ちてな」
誰も口を挟まない。
アルフレッドでさえ、黙って父を見ていた。
「……忘れていた味だ」
私は思わず胸を押さえた。
そんな料理だったなんて、知らなかった。
国王は顔を上げ、まっすぐ私を見る。
「お前、なぜこれを作った」
「古い料理書に、王家の冬の定番とありました」
私は正直に答えた。
「今の時代にも、温かく美味しく食べられる形にしたくて……それだけです」
国王は数秒黙り、やがて豪快に笑った。
「見事だ!」
室内の空気が一気にほどける。
ルシアンが飛び上がった。
「やったー! アメリアすごい!」
王妃も嬉しそうに拍手する。
「まあ、素敵」
国王は立ち上がり、高らかに宣言した。
「アメリア!」
「は、はい!」
「嫁に来い!」
晩餐室が凍った。
私は固まり、侍従は目を見開き、ルシアンは吹き出した。
王妃は口元を隠して笑っている。
そして――
「父上」
アルフレッドが静かに立ち上がった。
その声は低く、鋭い。
「それ以上は、お控えください」
国王がにやりと笑う。
「なぜだ?」
「……それは」
一瞬、アルフレッドが言葉を詰まらせる。
珍しい。
そして私を一度見てから、まっすぐ父を見る。
「その件は、私が決めます」
今度こそ、晩餐室がざわめいた。
王妃が小さく「まあ」とつぶやき、ルシアンは机を叩いて笑っている。
私は真っ赤になって立ち尽くした。
国王は満足げにうなずく。
「よし。今の返事は気に入った」
「……試したのですか」
「当然だ」
親子そろって厄介である。
だが国王は再び椅子に座り、機嫌よく料理を口に運んだ。
「おかわりを持て」
「はいはい!」
ルシアンが元気よく手を挙げる。
「お前ではない」
「なんで!?」
笑い声が広がる晩餐室。
その中で私は、頬の熱がしばらく引かなかった。
こうしてこの夜、私は国王陛下の胃袋だけでなく――王家の心までも掴んでしまったのだった。




