第21話 悪役令嬢、ライバル令嬢と二人きりになります
王城の回廊。
捕らえられた侍女マルタは騎士に連れて行かれ、場には重たい沈黙が残っていた。
エレノアは変わらぬ優雅な笑みを浮かべ、私を見つめる。
「少し、お時間をいただけますか?」
「……私に、ですか」
「ええ。女性同士でしか話せないこともありますもの」
嫌な予感しかしない。
「私も同行する」
即答したのはアルフレッドだった。
「殿下、それでは“女性同士”になりませんわ」
「構わん」
「構います」
私は思わず口を挟んだ。
エレノアがくすりと笑う。
「大丈夫ですわ。食べたりはしませんもの」
「そういう問題では……」
「兄上、完全に心配性だね」
ルシアンが楽しそうに茶々を入れる。
アルフレッドは不機嫌そうに眉を寄せたが、やがて低く言った。
「……何かあればすぐ呼べ」
「ここ廊下一本向こうですよ?」
「すぐ呼べ」
近い。
圧が近い。
こうして私は、王城の小さな応接室でエレノアと向かい合うことになった。
紅茶が置かれ、扉が閉まる。
静かな二人きり。
私は背筋を伸ばした。
「それで、お話とは」
エレノアはカップを持ち、ふっとため息をついた。
「まず謝罪を。わたくし付きの侍女が、大変失礼なことをしました」
「……エレノア様は、ご存じなかったのですか?」
真っ直ぐ尋ねると、彼女は少しだけ目を伏せた。
「気づくべきでした。最近、マルタが勝手な正義感をこじらせていたことに」
「正義感?」
「わたくしのために、殿下の障害を排除しようとしたのでしょう」
障害。
その言葉に胸がざらつく。
私はやはり、そう見られているのだ。
「では、エレノア様ご自身は?」
彼女は微笑んだ。
「もちろん、殿下との縁談があれば断りませんわ」
直球だった。
私は思わず姿勢を正す。
「ですが」
エレノアの青い瞳が細められる。
「殿下が見ているのは、わたくしではない」
胸がどきりと鳴る。
「……それは」
「気づいておられないのは、あなただけですわ」
言葉に詰まった。
そんなこと、あるはずが――
いや、最近の態度を思い返せば、否定しきれない。
エレノアは少し寂しそうに笑った。
「正直に申し上げれば、悔しいですわ」
その笑みは、初めて人間らしく見えた。
完璧な令嬢ではなく、一人の女性として。
「わたくしは家柄も教養も、王妃教育も受けてまいりました。誰が見ても殿下の妃に相応しい」
「……はい」
「けれど殿下は、厨房の匂いをつけたまま走ってくるあなたを見ると、あんな顔をなさる」
「どんな顔ですか」
「恋する男の顔です」
私は椅子から落ちそうになった。
「そ、そんな……!」
「本当に鈍いのですね」
エレノアが額を押さえる。
その時、扉の向こうで物音がした。
「今、落ちる音がした!」
ルシアンである。
「兄上、ドアに耳つけすぎ!」
「つけていない」
「ついてるって!」
私は頭を抱えたくなった。
エレノアは笑いをこらえながら続ける。
「安心してください。わたくしは卑怯な真似はいたしません」
「……信じていいのですか」
「ええ。ただし、恋の勝負は別ですわ」
空気がぴんと張る。
彼女は立ち上がり、優雅に一礼した。
「あなたが逃げるなら、わたくしがいただきます」
「え?」
「殿下を、ですわ」
言い残し、エレノアは部屋を出ていった。
入れ替わるように扉が開き、アルフレッドが入ってくる。
「無事か」
「……はい」
「何を言われた」
私はしばらく迷い――
「逃げるなら取られるそうです」
「誰が」
「あなたが」
アルフレッドは数秒固まり、やがて低くつぶやいた。
「……逃がすものか」
その声に、私の心臓がまた大きく跳ねたのだった。




