第18話 悪役令嬢、黒幕の影に気づきます
夜会騒動から三日後。
王城は一見、いつもの穏やかさを取り戻していた。
厨房ではパンの焼ける香りが広がり、侍女たちは忙しく行き交い、ルシアンは朝から元気に二回おかわりをしている。
「成長期だから!」
「便利な言葉ですね」
私は紅茶を注ぎながら苦笑した。
けれど胸の奥には、小さな棘が残っていた。
眠り薬入りの果実水。
崩された料理台。
誰かが私を王城から追い出そうとしている。
あれが、ただの嫌がらせで終わるとは思えなかった。
「難しい顔だな」
低い声に顔を上げる。
アルフレッドだった。
今日も無駄に顔がいい。
最近はそれに慣れてきた自分が少し悔しい。
「考え事です」
「黒幕のことか」
鋭い。
私はうなずいた。
「ええ。あまりにも手際が良すぎます。偶然ではありません」
アルフレッドは椅子にもたれ、腕を組んだ。
「内部の人間が関わっている」
「やはり、そう思われますか」
「給仕係に指示を出せる者。夜会の配置を知る者。厨房の導線も把握している者だ」
つまり、王城に出入りできる立場の人間。
背筋が冷える。
その時、王妃セレナが現れた。
「二人とも、朝から物騒な話ね」
「母上」
「ですが同感です」
王妃の笑顔は柔らかい。
けれどその目だけは冷えていた。
「わたくしも少し調べさせたの。夜会の直前、厨房の名簿を閲覧した侍女が一人いるわ」
「誰ですか」
「……エレノア付きの侍女よ」
部屋の空気が止まった。
「エレノア様が?」
思わず声が漏れる。
王妃は首を振った。
「本人が指示したとは限らないわ。侍女が勝手に動いた可能性もある」
アルフレッドの表情は変わらない。
だが空気が一段冷えた。
「確認する」
「待ちなさい」
王妃が扇子で彼を制した。
「証拠が足りない今、正面から問い詰めても逃げられるだけよ」
「ではどうしろと」
王妃はゆっくり笑う。
「泳がせるの」
嫌な予感がした。
「次の茶会で、わたくしが囮を用意するわ」
「囮?」
王妃の視線がこちらへ向く。
「もちろん、アメリアよ」
「なぜですか!?」
「一番狙われているから」
理屈は分かるが納得したくない。
アルフレッドが即座に立ち上がった。
「却下だ」
「まあ」
「危険すぎる」
王妃は楽しそうに眉を上げる。
「随分必死ね」
「当然だ」
一切迷いのない声だった。
胸がどきりと鳴る。
王妃はにやりと笑う。
「では護衛役をつければいいでしょう?」
「……誰を」
「あなたに決まっているじゃない」
ルシアンがテーブルに突っ伏して笑い始めた。
「兄上、またデート名目だ!」
「黙れ」
私は顔を押さえた。
茶会で囮。
アルフレッドと同行。
黒幕探し。
情報量が多すぎる。
その時、侍女が一通の封筒を持って現れた。
「アメリア様へ、お手紙です」
私宛て?
封を開くと、中には短い文章があった。
“国外追放予定の身で、まだ王城に居座るのですか?”
背筋が凍った。
差出人の名はない。
ただ、紙から微かに高級な香水の香りがした。
アルフレッドが手紙を奪い取り、静かに握りつぶす。
「……面白い」
その声は、まったく面白がっていなかった。
こうして私はついに、見えない敵が本気で牙をむき始めたことを知るのだった。




