第156話 悪役令嬢、静かな夜を過ごします
婚約祝いのお茶会が終わった夜。
---
王宮は久しぶりに静かだった。
---
賑やかな一日だった。
---
王妃様は大喜び。
---
ルシアンは終始落ち着かず。
---
セシリアは真っ赤になりっぱなし。
---
思い出すだけで少し笑ってしまう。
---
私は自室のソファへ腰を下ろした。
---
温かな紅茶から湯気が立ち上る。
---
「疲れたか」
---
低い声。
---
アルフレッドだった。
---
「少しだけ」
---
正直に答える。
---
すると。
---
アルフレッドが隣へ座った。
---
自然な距離。
---
もう慣れたはずなのに。
---
少しだけ嬉しい。
---
「今日は賑やかでしたね」
---
「ああ」
---
アルフレッドも紅茶を口にする。
---
しばらく穏やかな沈黙が流れた。
---
嫌な沈黙ではない。
---
心地良い沈黙だった。
---
「セシリア、本当に幸せそうでした」
---
私が言う。
---
アルフレッドが頷いた。
---
「そうだな」
---
「ルシアン様も」
---
「顔に全部出ていた」
---
思わず吹き出してしまう。
---
確かにその通りだった。
---
「隠す気がありませんでしたね」
---
「元々ない」
---
即答だった。
---
また笑ってしまう。
---
その時だった。
---
「覚えているか」
---
アルフレッドが静かに言った。
---
「何をですか?」
---
「あの日だ」
---
私は少し考える。
---
そして。
---
「あっ」
---
顔が明るくなった。
---
「お忍びで出掛けた日のことですか?」
---
「ああ」
---
懐かしい。
---
「鐘を鳴らしましたね」
---
恋人同士で鳴らすと、
永遠に結ばれると言われている鐘だった。
---
「恥ずかしかったです」
---
「そうか?」
---
「そうです」
---
私は頬を染める。
---
「あんなに人が見ている前で」
---
「私は楽しかった」
---
アルフレッドは平然と言った。
---
ずるい。
---
そういうことを自然に言うのだから。
---
「舞踏会の練習もありましたね」
---
今度は私が言った。
---
「ああ」
---
「何度も殿下の足を踏みました」
---
「覚えている」
---
即答だった。
---
「痛くなかったんですか?」
---
「痛かった」
---
「えっ」
---
思わず目を丸くする。
---
「初めて聞きました」
---
「言わなかっただけだ」
---
私は吹き出した。
---
「優しいですね」
---
「普通だ」
---
「普通ではありません」
---
二人で笑う。
---
静かな部屋に、
穏やかな笑い声が響いた。
---
「でも」
---
私は静かに言った。
---
「あの頃からずっと楽しかったです」
---
アルフレッドは少しだけ目を細めた。
---
「ああ」
---
短い返事。
---
けれど。
---
その声はとても優しかった。
---
私は小さく笑う。
---
「今はもっと幸せです」
---
アルフレッドがこちらを見る。
---
「そうか」
---
「はい」
---
迷いなく頷いた。
---
愛する夫がいて。
---
大切な家族がいて。
---
笑い合える友人たちがいる。
---
こんな未来が待っているなんて、
昔の私は想像もしていなかった。
---
「これからも」
---
私はそっと夫の手を握る。
---
「たくさん思い出を作りたいです」
---
アルフレッドは静かにその手を握り返した。
---
「ああ」
---
そして。
---
少しだけ口元を緩める。
---
「一緒にな」
---
その言葉に。
---
私は幸せそうに微笑んだ。
---
窓の外では月が静かに輝いている。
---
穏やかな夜だった。
---
これから先も。
---
こんな時間が続いていくのだろう。
---
そう思うと、
胸の奥が温かくなった。
---
私は夫の肩へそっと寄り添う。
---
アルフレッドも何も言わなかった。
---
ただ静かに、
私を受け入れてくれた。
---
その温もりが嬉しかった。




