第152話 悪役令嬢、実家の厨房で朝食を作ります
翌朝。
私は少し早く目を覚ました。
見慣れた天井。
懐かしい部屋。
結婚してから初めての帰省だった。
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窓の外を見る。
朝日が庭を優しく照らしていた。
鳥の声。
静かな風。
王宮とは少し違う朝。
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「……久しぶりですね」
私は小さく笑った。
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部屋を出る。
屋敷の廊下はまだ静かだった。
皆まだ眠っているらしい。
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そのまま足が向かったのは――
厨房だった。
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「おや」
低い声。
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振り向く。
父だった。
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「お父様?」
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レオナルドは少しだけ驚いた顔をした。
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「早いな」
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「お父様こそ」
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「習慣だ」
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短い返事。
でも。
どこか穏やかだった。
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厨房を見渡す。
懐かしい。
私が料理を覚えた場所。
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「何か作るのか」
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父が静かに聞く。
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「はい」
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私は小さく頷いた。
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「北部で教わったスープを」
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父は少しだけ目を細めた。
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「楽しみにしている」
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その一言が嬉しかった。
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私は食材を並べる。
玉ねぎ。
人参。
じゃがいも。
干し野菜。
そして保存用に加工されたベーコン。
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包丁を入れる。
リズムよく刻む。
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父は何も言わない。
ただ静かに見ていた。
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鍋へ具材を入れる。
じっくり煮込む。
湯気が立ち上る。
優しい香りが広がった。
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その時。
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「良い匂いですわー!」
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元気な声。
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セシリアだった。
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寝癖がついている。
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「お姉様!」
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「おはよう」
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「おはようございます!」
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完全に匂いで起きたらしい。
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さらに。
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「あらまぁ……」
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母まで来た。
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「朝から幸せな匂いねぇ」
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涙ぐんでいる。
なぜだろう。
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「まだ出来ていません」
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「もう幸せよぉ」
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早い。
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その時。
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「騒がしいな」
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低い声。
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アルフレッドだった。
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当然のように厨房へ入ってくる。
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「殿下!」
「もう起きていらしたんですか?」
「匂いで」
即答だった。
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セシリアが吹き出した。
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「みんな同じですわ!」
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確かにそうだった。
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やがて。
スープが完成する。
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木の器へ注ぐ。
焼き立てのパンを添える。
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「出来ました」
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皆が席へ着く。
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まず最初に父が一口。
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静かに飲む。
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何も言わない。
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数秒。
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長い沈黙。
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私は少しだけ不安になった。
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その時。
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父が器を置く。
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「……美味いな」
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短い一言。
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でも。
それだけで十分だった。
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胸の奥がじんわり温かくなる。
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「おかわりはあるか」
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「あります」
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即答した。
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セシリアが嬉しそうに笑う。
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「お父様、おかわりですわ!」
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母はもう感動していた。
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「本当に立派になったわねぇ……」
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「お母様、それ昨日も言いました」
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厨房に笑いが広がる。
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その横で。
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アルフレッドが静かにスープを飲んでいた。
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そして。
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「やはり美味い」
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小さく呟く。
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私は思わず笑ってしまう。
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懐かしい実家。
変わらない家族。
そして。
今は隣にいる夫。
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胸の奥が温かかった。
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朝食を終えた頃。
帰る支度が始まる。
王宮へ戻る時間だった。
「もう帰ってしまうんですのね……」
セシリアが少しだけ寂しそうに呟く。
「また来るわ」
「約束ですわ!」
すぐに笑顔になる。
その姿に、私は思わず笑ってしまった。
玄関前。
馬車の準備が整う。
母は最後まで名残惜しそうだった。
「ちゃんと食べるのよ?」
「食べています」
「無理しちゃ駄目よ?」
「大丈夫です」
同じやり取りを何度も繰り返している。
それでも母は満足しないらしい。
その時だった。
「……アメリア」
父が静かに口を開いた。
「はい」
私は振り返る。
父は少しだけ視線を逸らし――
それから短く言った。
「またいつでも帰ってこい」
私は一瞬だけ目を見開いた。
「お前には、帰る家が二つある」
胸の奥が、じんわり熱くなる。
王宮。
そして、ローゼリア家。
どちらも私の居場所だ。
「……はい」
小さく頷く。
父はそれ以上何も言わなかった。
だが。
その表情は、どこか穏やかだった。
隣では母が涙ぐみ、
セシリアが何度も頷いている。
私はそんな家族を見て、自然と笑った。
帰る場所がある。
待っていてくれる人がいる。
その幸せを胸に抱きながら――
私は新しい家族の待つ王宮へ戻るのだった。
こうして悪役令嬢は――
変わらない家族の愛に背中を押されながら、
今日もまた、大切な人たちの待つ未来へ歩いていくのだった。




