第150話 悪役令嬢、地方の知恵を王都へ届けます
北部視察から戻って数日後。
私は王太子執務室の前で、小さく深呼吸をしていた。
「……緊張します」
思わず本音が漏れる。
隣のエマが静かに頷いた。
「本日は重臣会議ですから」
怖い。
とても怖い。
厨房で新作を出す時とは違う緊張だった。
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「入れ」
低い声。
アルフレッドだった。
扉が開く。
私はそっと中へ入った。
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室内には重臣たちが並んでいた。
財務担当。
農政担当。
王都行政担当。
そうそうたる顔ぶれである。
私は少しだけ背筋を伸ばした。
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「本日の議題は北部視察の報告だ」
アルフレッドが静かに告げる。
その声だけで空気が引き締まる。
さすが王太子だった。
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資料が配られる。
その中には。
干し野菜。
乾燥保存肉。
保存用スープ。
北部で見た備蓄方法がまとめられていた。
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「面白い知恵ではありますが」
年配の重臣が口を開く。
「地方特有のものでしょう」
「王都で活用できるとは」
少し懐疑的な声だった。
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私は静かに資料を握る。
その時。
「では質問だ」
アルフレッドが言った。
全員の視線が集まる。
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「王都で大雪が続いた場合」
「物流が止まればどうなる」
室内が静まった。
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誰も答えない。
当然だ。
答えは分かっている。
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「食料不足です」
私が静かに答えた。
発言する直前。
隣のアルフレッドが、そっと私を見て小さく頷いてくれた。
その視線に背中を押される。
全員の視線がこちらへ向く。
少し怖い。
でも。
目は逸らさなかった。
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「北部は毎年それと向き合っています」
「だから知恵があります」
私はゆっくり続けた。
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「干し野菜は長期保存できます」
「スープは栄養を補えます」
「備蓄があれば冬を越えられます」
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静かな空気。
誰も笑わない。
真剣に聞いている。
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「地方だから価値があるのではありません」
私は一度息を吸う。
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「暮らしの中で必要だったから残った知恵です」
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沈黙。
その後。
農政担当の重臣が資料を見つめた。
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「……なるほど」
小さく呟く。
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「試してみる価値はあるかもしれませんな」
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空気が少し変わった。
私はほっと息を吐きそうになる。
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その時。
アルフレッドが静かに言った。
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「では試験導入を進める」
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即断だった。
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重臣たちが一斉に頷く。
反対する者はいない。
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会議が終わる頃には。
私は完全に疲れ切っていた。
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「終わりました……」
思わず椅子へ沈み込む。
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「よくやった」
低い声。
アルフレッドだった。
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「……緊張しました」
正直に答える。
「知っている」
「やっぱり緊張しているの、ばれていましたか?」
私が聞く。
「少しな」
少しではなかった気がする。
私は思わず苦笑した。
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その時。
ぐい、と手を引かれる。
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「え?」
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次の瞬間。
私はアルフレッドの隣へ引き寄せられていた。
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「殿下?」
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「お前が見つけた知恵だ」
低い声。
でも。
どこか優しかった。
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「私は後押ししただけだ」
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胸の奥が、じんわり熱くなる。
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「……違います」
私は小さく首を振った。
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「一人では無理でした」
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すると。
アルフレッドは少しだけ目を細める。
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「だから夫婦なんだろう」
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また不意打ちだった。
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私は顔が熱くなる。
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「そういうことを平然と言わないでください……」
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「事実だ」
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即答だった。
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窓の外では夕陽が王都を染めていた。
地方で学んだ知恵が。
少しずつ、この国を変えていく。
そんな未来が見えた気がした。
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こうして悪役令嬢は――
王太子と共に、人々の暮らしを支える新たな一歩を踏み出すのだった。




