第148話 弟王子、初めてのお菓子作りに挑戦します
孤児院でのラスク作りから数日後。
私は厨房で新しい試作をしていた。
「……もう少し香草を減らした方がいいかしら」
小さく呟きながら鍋をかき混ぜる。
その時だった。
「義姉上」
ひょこっと顔を出した人物がいた。
ルシアンだった。
私は顔を上げる。
「何ですか?」
ルシアンが少しだけ嬉しそうに笑った。
「慣れたね」
「今さらでしょう」
もう結婚も終わった。
否定する理由もない。
ルシアンは満足そうに頷いた。
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「相談」
「何ですか」
すると。
ルシアンは少しだけ真面目な顔になる。
「お菓子を作りたい」
私は目を瞬かせた。
「お菓子?」
「うん」
少しだけ視線を逸らす。
分かりやすすぎる。
本当に分かりやすすぎる。
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「セシリアに?」
私が聞く。
ルシアンは数秒固まり――
そして観念したように頷いた。
「……そう」
やっぱりだった。
私は思わず吹き出す。
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「では作りましょう」
「え?」
「お菓子です」
「義姉上、作れるの?」
「誰に聞いているんですか」
即答だった。
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数十分後。
厨房は戦場になっていた。
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「粉が飛んだ!」
「落ち着いてください」
「卵が逃げた!」
「逃げていません」
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料理長は腹を抱えて笑っている。
「才能ねぇな!」
「うるさい!」
ルシアンの悲鳴が厨房へ響いた。
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「まずは材料を量ります」
私は静かに説明する。
「お菓子作りは料理より正確さが大切です」
「なるほど」
ルシアンが真面目に頷く。
だが。
次の瞬間。
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「砂糖二倍入った」
「何をしてるんですか!」
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全員が頭を抱えた。
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その時。
「騒がしいな」
低い声。
振り向く。
アルフレッドだった。
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「兄上!」
「何だこれは」
机の上は粉だらけだった。
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「クッキー作ってる!」
「見れば分かる」
即答だった。
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アルフレッドは腕を組みながら様子を見る。
数秒後。
ぽつり。
「先が思いやられるな」
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「兄上ひどい!」
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厨房中に笑いが広がった。
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それでも。
少しずつ形になっていく。
丸いもの。
星形。
花形。
そして。
なぜか魚の形。
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「魚?」
私が首を傾げる。
すると。
ルシアンは少しだけ照れながら言った。
「前にセシリアが可愛いって言ってたから」
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私は思わず笑った。
本当に分かりやすい。
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やがて。
クッキーが焼き上がる。
香ばしい匂いが厨房へ広がった。
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「おお……!」
ルシアンが目を輝かせる。
ちゃんとクッキーになっている。
少しいびつだが。
それも味があった。
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「試食です」
私は一枚差し出す。
ルシアンが緊張した顔で見つめる。
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その時。
アルフレッドが一枚手に取った。
ぱくり。
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数秒。
沈黙。
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「食べられる」
「評価低くない!?」
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厨房中が爆笑した。
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だが。
アルフレッドは静かに続ける。
「初めてなら十分だ」
ルシアンは少し照れながら視線を逸らした。
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夕方。
ようやく完成したクッキーを箱へ詰める。
少しいびつな形。
でも。
一生懸命作ったことは伝わる。
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「これで良いでしょうか」
ルシアンが聞く。
私は小さく頷いた。
「きっと喜びます」
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その瞬間。
ルシアンが本当に嬉しそうに笑った。
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箱へ蓋をする。
丁寧にリボンを掛ける。
そして。
ローゼリア家へ向けて発送された。
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「届くといいですね」
私が言う。
すると。
「届くだろう」
アルフレッドが静かに答えた。
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ルシアンは少しだけ照れながら呟く。
「……喜んでくれるかな」
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分かりやすすぎる。
私は思わず吹き出してしまった。
すると。
アルフレッドが弟を見る。
そして静かに言った。
「そこまで作ったなら、あとは信じろ」
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ルシアンは少し驚いた顔をした。
だが。
やがて小さく頷く。
「……うん」
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夕陽が厨房へ差し込む。
焼き菓子の甘い香りが、まだ少しだけ残っていた。
こうして悪役令嬢は――
今日もまた、新しい恋の行方を温かく見守るのだった。




