第146話 悪役令嬢、王都へ北部の味を持ち帰ります
北部視察から戻った翌朝。
王宮の厨房には、いつもより少し大きな木箱が並んでいた。
「これは……全部リュンベルクからですか?」
見習いが目を丸くする。
「はい」
私は小さく頷いた。
箱の中には――
干し野菜。
燻製肉。
乾燥香草。
保存用の黒パン。
そして、香草塩。
北部で学んだ“暮らしの知恵”だった。
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「今日は、これを使います」
私は袖を軽くまくる。
料理長が腕を組んだ。
「もう始めるのか」
「忘れないうちに試したくて」
すると。
料理長が少しだけ笑う。
「戻ったばっかりなのにな」
「だからです」
私は干し野菜を手に取る。
「向こうで食べた味を、ちゃんと覚えているうちに」
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まずは、干し野菜をぬるま湯へ浸す。
少しずつ戻っていく野菜。
人参。
玉ねぎ。
かぶ。
「……戻るんですね」
見習いが感心したように呟く。
「はい」
私は小さく頷いた。
「水分を抜いているだけなので」
「冬場はこうして長く保存するそうです」
その間に、燻製肉を小さめに切り分ける。
香草は細かく刻んだ。
厨房へ、爽やかな香りが広がる。
「これが北部の香草ですか」
「ルーヴァ草です」
私は少し笑った。
「川魚に使われていたものですね」
見習いたちが「ああ!」と顔を上げる。
完全に覚えられていた。
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鍋へ油を少し。
燻製肉を軽く炒める。
香ばしい香り。
そこへ戻した野菜を加え、さらに炒める。
「この時点でもう美味しそうです!」
「まだ途中ですよ」
私は苦笑した。
そこへスープを注ぎ、弱火で煮込んでいく。
最後に、刻んだ香草を加える。
ふわっと広がる北部の香り。
私は静かに息を吸った。
(……うん)
ちゃんと、あの街の香りだった。
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その時。
「また楽しそうだな」
低い声。
振り向く。
アルフレッドだった。
「殿下」
私は小さく頭を下げる。
アルフレッドはそのまま静かに厨房へ入り、鍋へ視線を向けた。
「何を作っている」
短い声。
だが、完全に香りにつられて来ていた。
「北部風の保存食スープです」
私は小さく笑った。
「向こうで教わったものを、少し王都向けに調整してみています」
アルフレッドは鍋の香りを静かに吸い込み――
そして小さく頷く。
「……落ち着く香りだな」
その時。
「兄上ー!」
元気な声が飛び込んできた。
ルシアンだった。
相変わらず騒がしい。
「何かいい匂いする!」
「鼻が早いですね」
「義姉上の料理はすぐ分かる!」
「誰が義姉上ですか」
もう恒例である。
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ルシアンは鍋を覗き込み、ぱっと顔を明るくした。
「うわっ、北部の香草だ!」
「覚えていたんですか?」
「そりゃ覚えてるよ!」
少し嬉しそうだった。
「向こうの祭りで飲んだスープ、美味しかったし」
そこで。
ルシアンがふと視線を逸らす。
分かりやすすぎる。
私は静かに目を細めた。
「……セシリアのこと考えましたね?」
「えっ!?」
完全に図星だった。
アルフレッドが小さく息を吐く。
「分かりやすいな」
「兄上まで!?」
ルシアンが真っ赤になる。
すると。
「……手紙は来たのか」
アルフレッドが当然のように聞いた。
「っ……!」
ルシアンが固まった。
分かりやすすぎる。
「来たんだ」
「うるさい!」
完全に来ていた。
私は思わず吹き出す。
「良かったですね」
「だからまだ何も――」
「次の約束は?」
アルフレッドが追撃する。
「兄上!?」
珍しく兄弟戦が始まっていた。
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その横で。
私は静かにスープをよそう。
湯気が立ち上る。
北部の香り。
温かな色。
「……出来ました」
私は小さく笑った。
アルフレッドが一口飲む。
そして。
「……美味い」
低い声。
でも。
どこか穏やかだった。
「向こうの味がする」
胸が、じんわり熱くなる。
「良かったです」
すると。
ルシアンも勢いよく飲み――
「うわっ!」
目を輝かせた。
「これ、セシリア嬢絶対好き!」
完全にそればっかりだった。
私は思わず笑ってしまう。
その時。
アルフレッドが静かにこちらを見る。
「お前、ちゃんと持ち帰ったな」
「え?」
「向こうの空気も」
低い声。
私は少しだけ目を見開いた。
そして。
ゆっくりと笑う。
「……はい」
北部の街。
人々の笑顔。
子どもたちの踊り。
温かな保存食。
全部が、ちゃんとここへ繋がっている気がした。
こうして悪役令嬢は――
地方で学んだ温かな知恵を、少しずつ王都へ広げていくのだった。




