第145話 悪役令嬢、北部の街へ別れを告げます
数日後。
北部視察の最終日。
リュンベルクの朝は、少しだけ名残惜しい空気に包まれていた。
「本当に帰ってしまわれるんですねぇ」
街長グレインが寂しそうに笑う。
その後ろでは、街の人々が大勢集まっていた。
子どもたちまでいる。
「アメリアさまー!」
小さな女の子が、また一生懸命手を振っていた。
私は思わず笑顔になる。
「ありがとうございました」
深く頭を下げる。
すると。
「こちらこそです!」
「王太子妃様が来てくださって嬉しかった!」
「また来てください!」
次々声が飛ぶ。
胸が、じんわり温かくなる。
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視察は、想像以上に充実していた。
保存食工房。
干し野菜の備蓄庫。
燻製肉。
雪国ならではの知恵。
アメリアは完全に食いついていた。
「この干し方、王都でも応用できそうです!」
「この保存法なら、災害時にも――」
職人たちと真剣に語り合う姿に、
最初は警戒していた人々も、気づけば笑顔になっていた。
「本当に変わった王太子妃様だ」
「でも、嫌いじゃないな」
そんな声まで聞こえてきた。
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その時。
「アメリアさま!」
また子どもたちが駆け寄ってくる。
「これ!」
小さな花束だった。
野花を束ねた、素朴な花束。
「皆で作ったの!」
「……私に?」
「うん!」
私は思わず目を細めた。
「ありがとうございます」
そっと受け取る。
すると。
「また来てね!」
「今度はもっと踊ろう!」
完全に踊る前提だった。
私は思わず吹き出す。
「……練習しておきます」
「やったー!」
子どもたちが歓声を上げる。
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その横で。
アルフレッドが静かに街長へ向き直った。
「保存食計画は、王都でも進める」
低い声。
「今回見せてもらった知識は、必ず活かす」
街長が静かに目を見開く。
そして。
「……ありがとうございます」
深く頭を下げた。
その表情は、最初に会った時よりずっと柔らかかった。
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「では、そろそろ」
カイルが静かに告げる。
馬車が用意される。
私は最後にもう一度、街の人々を見る。
子どもたち。
職人たち。
笑顔。
全部が、温かかった。
私は窓から大きく手を振る。
「ありがとうございました!」
すると。
「アメリアさまー!!」
「また来てー!!」
大きな歓声が返ってきた。
花びらまで舞っている。
私は思わず笑ってしまう。
その横で。
アルフレッドも静かに手を上げた。
次の瞬間。
「殿下ー!!」
歓声が倍になった。
「やっぱり人気ですね」
私が小さく笑うと、
「普通だ」
即答だった。
普通ではない。
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馬車がゆっくり動き出す。
石畳の音。
揺れる景色。
遠ざかっていくリュンベルク。
私は窓の外を見ながら、小さく息を吐いた。
「……良い街でした」
「ああ」
アルフレッドも静かに頷く。
「お前、随分人気だったな」
「皆さん優しかったです」
「違う」
低い声。
「お前が、ちゃんと向き合ったからだ」
胸が少し熱くなる。
私は花束を見つめながら、小さく笑った。
「……楽しかったです」
「知っている」
短い返事。
でも。
どこか優しかった。
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しばらく静かな時間が流れる。
その時。
「それで」
アルフレッドが低く言った。
「何ですか?」
「踊りは練習するのか」
私は思わず吹き出した。
「まだ言いますか!?」
「子どもたちと約束しただろう」
「殿下も巻き込まれていましたよね?」
「お前ほどではない」
絶対同じくらいだった。
私は笑いながら肩を預ける。
すると。
アルフレッドが自然に私を引き寄せた。
「……疲れたか」
「少しだけ」
正直に答える。
「でも、楽しかったです」
「そうだな」
低い声。
そのまま。
彼の手が、そっと私の髪へ触れる。
優しく撫でられる。
心臓が、静かに跳ねた。
「……殿下」
「何だ」
「最近、自然にそういうことしますよね」
すると。
アルフレッドが少しだけ目を細める。
「夫婦だからな」
また不意打ちだった。
私は一気に顔が熱くなる。
「そ、それを平然と言うのやめてください……!」
「無理だ」
即答だった。
本当にずるい。
でも――
嫌ではなかった。
窓の外では、北部の景色がゆっくり流れていく。
その温かな余韻を抱えながら。
こうして悪役令嬢は――
王太子と共に、新しい公務の一歩を歩み始めるのだった。




