第14話 冷徹王子、夜会で独占欲が漏れます
春の夜会当日。
王城の大広間は、数え切れないほどの燭台の光に照らされ、まるで星空のように輝いていた。
色とりどりのドレス。
格式高い礼服。
華やかな音楽と笑い声。
そして、その片隅で私は現実逃避していた。
「帰りたい……」
「無理です」
侍女が即答した。
今日は厨房係ではなく、“王妃の推薦で夜会に参加する令嬢”として呼ばれている。
つまり、ドレス姿である。
慣れない。
落ち着かない。
逃げたい。
「背筋を伸ばしてください、アメリア様」
「料理を作る方が百倍楽です」
「本日の主役の一人なのですから」
その言葉に、ますます逃げたくなった。
今夜の目玉は、私とアルフレッドが試作した一口パイ包み。
王族監修の新作料理として、すでに注目を集めているらしい。
(監修したのはほぼ私ですが)
その時、ざわめきが起こった。
「第一王子殿下……!」
現れたのはアルフレッドだった。
黒の礼装に身を包み、今日も無駄に顔がいい。
というより、いつも以上に危険なほど整っている。
周囲の令嬢たちが色めき立つのも分かる。
だが本人は無関心な顔でこちらへ真っ直ぐ歩いてきた。
「……似合っているな」
「え?」
「そのドレスだ」
一瞬、何を言われたか分からなかった。
「ほ、褒めています?」
「二度言わせるな」
耳まで熱くなる。
この人、たまに不意打ちがひどい。
王妃セレナが遠くから満足げにうなずいていた。
(絶対見て楽しんでいる……!)
やがて料理が運ばれ、会場中央に例のパイ包みが並べられた。
香ばしい焼き色。
一口で食べやすいサイズ。
中からあふれる肉汁と香草の香り。
貴族たちが次々に口にし、歓声が上がる。
「素晴らしい!」
「冷めても美味しいぞ!」
「これは我が家の晩餐会でも出したい!」
「誰が考案したのだ?」
視線がこちらへ集まる。
私は思わず一歩下がった。
王妃が楽しそうに言う。
「主にアメリアです」
やめてほしい。
すると貴族たちが一斉に近寄ってきた。
「ぜひ我が家の専属料理人に!」
「いや、うちの別邸へ!」
「報酬なら好きに決めていただいて構わん!」
「娘の家庭教師としてもぜひ!」
最後のは何か違う。
私は完全に固まった。
「え、あの、私は――」
その時、低くよく通る声が響いた。
「断る」
場が静まり返る。
アルフレッドだった。
彼は私の前へ立ち、貴族たちを見渡す。
「アメリアは渡さない」
しん、と空気が止まった。
私も止まった。
今、なんと?
貴族たちがざわつく。
「殿下、それは……」
アルフレッドは表情一つ変えず続けた。
「彼女は王城に必要な人材だ」
(今、言い直しましたね)
明らかに途中まで本音だった。
王妃が扇子で口元を隠し、肩を震わせている。
ルシアンに至っては壁際で声を殺して笑っていた。
「兄上、今の完全に出てた……!」
「黙れ」
私は顔が熱くて仕方なかった。
そんな中、背後で誰かが小さくつぶやく。
「……まだ、邪魔ね」
振り向いた時には、すでに人混みに紛れて姿は見えない。
聞き間違いだろうか。
けれど次の瞬間、侍女の悲鳴が上がった。
「きゃっ!」
会場中央、料理の載ったテーブルが大きく揺れたのだ。
皿が傾き、グラスが倒れ、ざわめきが広がる。
アルフレッドの表情が鋭く変わる。
「下がれ、アメリア」
ただの事故ではない。
私は直感した。
――夜会に、何かが起きようとしている。
甘いだけでは終わらない夜が、静かに幕を開けていた。




