第13話 王妃様、恋の厨房を用意します
数日後。
王城では、春の夜会の準備が進められていた。
大広間には花が飾られ、侍女たちは忙しそうに走り回り、厨房も朝から戦場である。
私は大量の食材に囲まれながら、静かに現実逃避していた。
(逃げたい)
その理由は、目の前にいる人物である。
「何をぼんやりしている」
アルフレッド。
今日も無駄に顔がいい。
そして、なぜか私の隣に立っている。
「なぜ王子殿下が厨房に?」
「母上の命令だ」
嫌な予感しかしない。
その時、背後から楽しげな声が響いた。
「そう。わたくしの命令よ」
王妃セレナである。
満面の笑みだ。
絶対にろくなことを考えていない笑顔である。
「次の夜会では、王族主催の特別料理を一品出したいの。だからあなたたち二人で考えてちょうだい」
「……は?」
私とアルフレッドの声が綺麗に重なった。
「協力して、新作を作るのよ」
「なぜ私とこの人が」
「なぜ私がお前と」
また声が重なった。
王妃は扇子で口元を隠し、楽しそうに笑う。
「息ぴったりね」
「違います」
「違う」
また重なった。
王妃はとうとう吹き出した。
「では決まり。今夜、厨房を貸し切って試作なさい」
「今夜?」
「二人きりで」
言い切った。
絶対わざとである。
その時、入口から上品な声が響いた。
「まあ、楽しそうなお話ですこと」
現れたのはエレノアだった。
今日も完璧に美しい。
「でしたら、わたくしもお手伝いを――」
「必要ない」
即答したのはアルフレッドだった。
室内が静まり返る。
エレノアの笑顔がわずかに止まる。
アルフレッドは平然と続けた。
「料理はアメリアに任せる」
「……殿下」
「味見も、アメリアの作るもの以外する気はない」
今度は私が固まった。
なぜそんなことを真顔で言えるのか、この人は。
エレノアは一瞬だけ表情を消したが、すぐに微笑んだ。
「そう……ですの」
王妃は面白そうに扇子を揺らしている。
(楽しんでいる……!)
そして夜。
広い厨房には、私とアルフレッドだけが残されていた。
本当に二人きりである。
「……何を作る」
「こちらが聞きたいです」
「私は食べる専門だ」
「威張らないでください」
私はため息をつき、食材棚を見る。
「夜会ですから、一口で食べられて、冷めても美味しい物がいいですね」
「任せる」
「相談してください」
「では、お前の案でいい」
会話にならない。
私はパン生地を広げながら、具材を並べていく。
鶏肉の香草焼き、チーズ、野菜のマリネ。
小さく包んで焼き上げる、手のひらサイズのパイ包みにするつもりだ。
「それ、うまそうだな」
「まだ焼いてません」
「お前が作るならうまい」
手が止まった。
さらりと言われると困る。
「……口がうまくなりましたね」
「事実を言っただけだ」
心臓に悪い。
その時、同じ皿を取ろうとして手が触れた。
ぴたり、と時間が止まる。
「……っ」
私は慌てて手を引いた。
アルフレッドは私の指先を見つめ、低くつぶやく。
「熱いな」
「オーブンのせいです!」
「まだ火は入れていない」
「……気のせいです!」
顔が熱い。
絶対に赤くなっている。
アルフレッドは珍しく、小さく笑った。
その笑顔に胸がどきりと跳ねる。
(だめだわ、この人)
料理より心臓の方が忙しい。
やがて焼き上がったパイ包みを、二人で一口ずつ食べる。
さくり、と軽い音。
中から肉汁と香草の香りが広がる。
「……うまい」
「でしょう?」
「お前と作ったからかもしれん」
私は危うく皿を落としかけた。
その時、厨房の扉が勢いよく開いた。
「ずるい!! 二人だけで夜食してる!」
ルシアンである。
元気いっぱいである。
私は天を仰いだ。
こうして王妃様の策略による“恋の厨房作戦”は、見事に成功しつつあった。




