第12話 冷徹王子、初めて嫉妬を知ります
翌日の午後。
王城の中庭には、春のやわらかな陽射しが降り注いでいた。
私は厨房の休憩時間を利用して、焼きたてのスコーンと紅茶を運んでいた。
「今日は外でお茶にしましょう」
そう言ったのはルシアンだ。
病み上がりとは思えぬ回復力で、朝から元気いっぱいに私を振り回している。
「無理はしないでくださいね」
「大丈夫! アメリアが作った朝食食べたし!」
「万能薬扱いはやめてください」
私は苦笑しながら、テーブルに皿を並べた。
スコーン、いちごジャム、クロテッドクリーム。
ルシアンは目を輝かせる。
「わあ! 今日は豪華だ!」
「熱が下がったお祝いです」
「やったー!」
勢いよく立ち上がろうとして、ふらついた。
「ほら、まだ本調子ではありません」
私はとっさに肩を支える。
「……ありがと」
珍しく素直な声だった。
「座っていてください。紅茶も少し冷ましてからです」
「うん。アメリアって優しいね」
「普通です」
「兄上にはそんな顔しないのに」
「どんな顔ですか」
「今みたいな、やわらかい顔」
私は言葉に詰まった。
その時だった。
「……随分楽しそうだな」
低く冷えた声が背後から落ちる。
振り向けば、アルフレッド。
今日も無駄に顔がいい。
だが機嫌は、明らかに悪い。
「兄上!」
ルシアンが手を振る。
「スコーン食べる?」
「いらん」
即答である。
私は首をかしげた。
「どうかなさいましたか」
「別に」
「眉間のしわが三本増えています」
「気のせいだ」
気のせいではない。
アルフレッドは私とルシアンの間に視線を落とした。
まだ私の手は、ルシアンの肩に添えられたままだった。
「あ」
私は慌てて手を離す。
なぜか悪いことをした気分になる。
「兄上、座れば?」
「……座る」
断るかと思えば座った。
しかも私の隣に。
近い。
無駄に近い。
「紅茶をどうぞ」
私は平静を装ってカップを差し出す。
アルフレッドは受け取り、一口飲んだ。
「ぬるい」
「猫舌だからです」
「誰がだ」
「前に熱い紅茶で舌をやけどしたでしょう」
「……覚えているのか」
「厨房は全部見ています」
ルシアンがにやにやしている。
「兄上、顔赤い」
「黙れ」
「嫉妬?」
「黙れ」
今度は私が固まる番だった。
嫉妬?
誰が?
まさか。
アルフレッドは深く息を吐き、私を見る。
「お前は」
「……はい」
「誰にでもああなのか」
「……ああ、とは?」
「世話を焼いて、笑って、近くに座る」
私は瞬きを繰り返した。
そんなことを気にしていたのか、この人は。
「病人だからです」
「私は病人ではない」
「健康優良児ですね」
「そういう話ではない」
珍しく言葉に詰まり、アルフレッドは視線をそらした。
その耳が、少し赤い。
ルシアンが机に突っ伏して笑いをこらえている。
「兄上、分かりやすーい」
「お前は明日も寝ていろ」
「治ったもん!」
私は思わず吹き出した。
するとアルフレッドが、じっとこちらを見る。
「……今、私には笑ったな」
「え?」
「ルシアンにはいつも笑う」
「それは騒がしいからです」
「私にも笑え」
「命令口調は減点対象です」
「……頼む」
あまりにも不器用な言い直しに、私は声を立てて笑ってしまった。
アルフレッドは少しだけ目を見開き――やがて、ほんのわずかに口元を緩めた。
その瞬間、胸の奥がどきりと跳ねる。
(……あれ)
昨日の“胃もたれ”とは違う。
もっと熱くて、落ち着かない感じだ。
ルシアンが得意げに言った。
「それ、恋だよ」
「紅茶を飲んでいてください」
私は即座にスコーンを口へ押し込んだ。
こうして冷徹王子は初めて嫉妬を知り、私は自分の気持ちに気づきかけてしまったのだった。




