第138話 悪役令嬢、現実の書類量に震えます
ピザパーティーの翌朝。
王宮は、いつも通り――ではなかった。
「王太子殿下、本日の会議資料です!」
「こちら、決裁待ちになっております!」
「至急確認案件をこちらへ!」
飛び交う声。
積み上がる書類。
そして。
「……これほどか」
王太子執務室の中央で、アルフレッドが静かに呟いた。
珍しい。
本当に珍しい。
机の上には、完全に“書類の塔”ができていた。
横でカイルが淡々と言う。
「新婚旅行期間中の未処理分です」
「増えている気がするが」
「気のせいではありません」
即答だった。
怖い。
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その頃。
私は別室で固まっていた。
机の上。
そこにも山。
積み上がった本。
分厚い資料。
そして。
「こちらが今後の外交予定一覧です」
エマが静かに紙束を置く。
「こちらが王家主催行事」
「こちらが王太子妃としての公務一覧」
「こちらが各貴族家との関係資料です」
増えた。
明らかに増えた。
私はそっと視線を逸らす。
「……気のせいです」
「現実です」
即答だった。
最近、本当に容赦がない。
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「まずはこちらを」
エマが一冊の分厚い本を差し出す。
『王太子妃としての基礎外交』
嫌な予感しかしない。
「そんな顔をしないでください」
「無理です」
「まだ薄い方です」
「まだあるんですか!?」
絶望しかない。
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昼過ぎ。
私は完全に机へ沈んでいた。
「……厨房へ逃げたいです」
「却下です」
即答だった。
すると。
「失礼します」
静かな声。
振り向く。
エレノアだった。
「エレノア様……!」
救世主だ。
エレノアは机の上を見て、小さく瞬きをする。
「……増えましたわね」
「増えました」
即答だった。
エレノアは少しだけ口元を緩める。
「ようこそ、こちら側へ」
嬉しくない。
全然嬉しくない。
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「ですが」
エレノアは静かに資料を手に取る。
「最初は皆、ここを通ります」
「エレノア様も?」
「もちろんですわ」
意外だった。
「最初の頃は、外交資料を読みながら寝落ちしましたもの」
「エレノア様が?」
「ええ」
少しだけ笑う。
「父に“机で寝るな”と怒られました」
私は思わず吹き出した。
少しだけ気が楽になる。
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その時。
「アメリア様」
エマが静かに言った。
「殿下から伝言です」
「え?」
「“夜、そちらへ行く”とのことです」
私は少しだけ固まる。
「……仕事ではなく?」
「おそらく違います」
エマがわずかに目を細めた。
完全に分かっている顔だった。
顔が熱い。
エレノアまで楽しそうに紅茶を口へ運んでいる。
「新婚ですわね」
「エレノア様まで!」
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その日の夜。
王宮の廊下は静かだった。
私は小さく息を吐きながら、トレーを持って歩く。
湯気の立つスープ。
小さなチーズ入りクルトン。
そして温かな紅茶。
(絶対まだ仕事していますよね)
案の定だった。
執務室の灯りはまだ消えていない。
ノック。
「入れ」
低い声。
扉を開ける。
そこには――
完全に書類へ埋もれているアルフレッドがいた。
「……まだやっていたんですか」
「終わらん」
珍しく即答だった。
私は思わず笑ってしまう。
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「お疲れ様です」
机へスープを置く。
ふわりと湯気が立ち上る。
アルフレッドが小さく目を細めた。
「……チーズか」
「昼の残りを少し使いました」
「そうか」
彼はスープを一口飲み――
そして小さく息を吐く。
「落ち着くな」
その声は、少しだけ疲れていた。
私は自然と笑う。
「殿下も、ちゃんと疲れるんですね」
「失礼だな」
だが否定はしなかった。
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数秒。
静かな時間が流れる。
書類の音だけが響いていた。
その時。
「アメリア」
「はい」
「お前はどうだった」
私は少しだけ苦笑する。
「エマに本を積まれました」
アルフレッドが小さく目を細めた。
「……逃げたか」
「逃げてません」
「顔に書いてある」
悔しい。
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その時だった。
ぐい、と腕を引かれる。
「きゃっ」
次の瞬間。
私はアルフレッドの膝の上へ座らされていた。
「っ……!」
近い。
近すぎる。
「で、殿下!」
「少し静かにさせろ」
低い声。
でも。
どこか甘えるみたいだった。
私は思わず言葉を失う。
アルフレッドはそのまま私の肩へ額を預け、小さく息を吐いた。
「……疲れましたか?」
「少しな」
珍しく素直だった。
私はそっと彼の髪へ触れる。
静かな金色。
少しだけ乱れている。
「頑張りすぎです」
「お前もだろう」
返される。
図星だった。
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静かな夜。
灯り。
温かなスープ。
そして。
二人だけの空気。
昼間は完璧な王太子夫妻。
でも。
今はただ、お互いを支え合う夫婦だった。
「……落ち着きますね」
小さく呟く。
すると。
アルフレッドが少しだけ目を細めた。
「お前がいるからだ」
また不意打ちだった。
私は顔が熱くなる。
「……ずるいです」
「何がだ」
「そういうことを平然と言うところです」
彼は少しだけ笑って、私の腰を抱く腕の力をほんの少しだけ強めた。
その視線の先。
机の端には、旅先で作った二人のカップが静かに並んで、夜の灯りを受けていた。
昼間は完璧な王太子夫妻。
でも。
今はただ、お互いを支え合う夫婦だった。
こうして悪役令嬢は――
王太子と共に、“忙しい日常”さえも少しずつ幸せへ変えていくのだった。




