第137話 悪役令嬢、旅の味をみんなへ届けます
翌日。
王宮の厨房は、朝からいつも以上に賑やかだった。
「チーズはこちらへ!」
「生地、発酵終わりました!」
「オーブン温度、上げます!」
飛び交う声。
立ち上る香ばしい匂い。
私は腕をまくりながら、小さく笑った。
「今日は、特別です」
机の上には、旅先で買ってきたチーズの箱。
燻製チーズ。
香草入りチーズ。
濃厚な白チーズ。
昨日の夜、開けた瞬間からずっとわくわくしていた。
「……良い香りですね」
見習いが目を輝かせる。
私は小さく頷いた。
「このチーズ、絶対ピザに合うと思ったんです」
完全に料理人の顔だった。
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まずは生地。
強力粉へ塩、砂糖、イーストを加える。
ぬるま湯を少しずつ加えながら、丁寧にこねていく。
「表面が滑らかになるまでしっかり」
見習いたちが真剣な顔で頷く。
発酵した生地を伸ばし――
そこへ特製ソース。
香草チーズ。
燻製チーズ。
さらに数種類を重ねていく。
「チーズによって溶け方が違うので、重ねる順番も変えています」
「わぁ……!」
完全に授業だった。
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その時。
「相変わらず楽しそうだな」
低い声。
振り向く。
アルフレッドだった。
今日も王太子らしく整った姿。
だが。
その視線は、完全にこちらを見ている。
「楽しいです」
私は素直に答える。
「せっかくなので、みんなにも旅の味を食べてほしくて」
アルフレッドは小さく目を細めた。
「そういうところだな」
またそれだ。
少し照れる。
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焼き上がった瞬間。
厨房中へ香ばしい匂いが広がった。
「わぁぁ……!」
見習いたちが歓声を上げる。
チーズが、とろりと溶けている。
燻製の香り。
焼き立ての生地。
私は思わず笑った。
「成功です」
その時だった。
「……良い香りですね」
静かな声。
振り向く。
「エレノア様?」
エレノアが、少しだけ驚いたようにピザを見ていた。
「失礼でしたか?」
「いえ!」
私は慌てて首を振る。
「どうされたんですか?」
すると。
エレノアは少しだけ微笑んだ。
「新婚旅行のお話を聞きたくて」
「……少しだけ、お邪魔しようかと思ったのですが」
視線が、焼き立てのピザへ向く。
「想像以上でしたわ」
私は思わず笑ってしまう。
「ちょうど良かったです」
「エレノア様の分もあります」
その瞬間。
アルフレッドが少しだけ目を細めた。
「随分自然に名前が出るようになったな」
「協力者ですから」
すると。
エレノアがふっと笑う。
「嬉しいですわね」
王妃様が後ろから楽しそうに頷いていた。
「良い関係になったわねぇ」
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昼。
王宮の一室。
長テーブルには、大皿いっぱいのピザが並べられていた。
王妃様。
国王陛下。
ルシアン。
セシリア。
エレノア。
エマ。
カイル。
そして護衛騎士たちまで集まっている。
かなり賑やかだった。
「すごーい!!」
真っ先に声を上げたのはルシアンだった。
「何これ、めちゃくちゃ美味しそう!」
「まだです」
私は苦笑する。
「焼き立てなので気をつけてください」
だが。
ルシアンはもう待てなかった。
「いただきます!」
一切れ持ち上げた瞬間――
「うおぉぉ!?」
チーズがどこまでも伸びた。
「何これ! どこまで伸びるの!?」
大騒ぎである。
セシリアが思わず吹き出した。
「ルシアン様、子どもみたいですわ」
「だってすごいよこれ!」
完全に楽しそうだった。
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王妃様も一口食べ――
そして、目を見開く。
「まあ……!」
驚いたように、もう一口。
「燻製の香りがすごく良いわ」
「昨日いただいた紅茶とも合いますねぇ」
その横では、侍女が淹れた“旅先のお土産の紅茶”が湯気を立てていた。
香り高い紅茶と、熱々のピザ。
部屋の空気が、一気に柔らかくなる。
国王陛下も静かに頷いた。
「これは見事だ」
「旅先の味を、ちゃんと王宮へ持ち帰っている」
胸が少しだけ熱くなる。
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「お姉様……!」
セシリアは完全に幸せそうだった。
「この白いチーズ、すごく濃厚ですわ……!」
「香草入りです」
「美味しいですぅ……!」
ほっぺたが落ちそうになっていた。
可愛い。
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その時だった。
「兄上、ずるい!」
ルシアンが突然アルフレッドへ向く。
「こんな美味しいもの毎日食べられるなんて!」
「毎日ではない」
アルフレッドは平然としていた。
だが。
「美味いな」
そう言って、当然のように二切れ目を取る。
ルシアンが目を丸くした。
「兄上おかわり!?」
「問題あるか」
「めちゃくちゃ気に入ってるじゃん!」
「うるさい」
即答だった。
でも。
少しだけ耳が赤い。
私は見逃さなかった。
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その横で。
エレノアが静かにピザを口へ運ぶ。
数秒。
そして。
「……これは反則ですわね」
ぽつり、と呟いた。
私は思わず目を瞬かせる。
「え?」
「香草の香りと燻製の香りが、ちゃんと分かれているのに喧嘩していません」
真剣な顔だった。
「かなり計算されていますわね」
完全に見抜かれていた。
私は少し照れながら笑う。
「重くなりすぎないようにしたかったんです」
すると。
エレノアが小さく目を細めた。
「やっぱり、あなたの料理は面白いですわ」
胸が少しだけ温かくなる。
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その時。
「……これは」
静かな声。
カイルだった。
珍しく、じっとピザを見ている。
「燻製の香りが強すぎない」
「食べやすいですね」
エマも静かに頷く。
私は少し嬉しくなる。
「燻製が強すぎると重くなるので、他のチーズで調整しました」
カイルが小さく頷いた。
「……美味い」
二回言った。
エマが静かに瞬きをする。
「かなり気に入られたようですね」
「事実を述べただけだ」
真顔だった。
私は思わず笑ってしまう。
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その時。
「アメリア」
低い声。
アルフレッドだった。
「はい?」
「よく作った」
短い言葉。
でも。
その声は、とても優しかった。
胸が、じんわり熱くなる。
「……ありがとうございます」
小さく返す。
すると。
アルフレッドは当然のように私の頭を軽く撫でた。
「っ……!」
ルシアンが吹き出す。
「兄上、みんないる!」
「問題ない」
問題ある。
かなりある。
王妃様は完全に楽しそうだった。
「新婚ねぇ」
「母上」
「だって本当ですもの」
止める人がいない。
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賑やかな声。
笑い声。
伸びるチーズ。
香ばしい匂い。
私はその真ん中で、小さく息を吐いた。
(帰ってきた)
離宮での時間も大切だった。
でも。
こうしてみんなで笑い合うこの空間も、やっぱり好きだ。
その時。
アルフレッドが小さく言った。
「次は何を作る」
私は思わず笑う。
「まだ考えてません」
「なら、考えておけ」
「気が早いです」
だが。
その未来を自然に話せることが、少し嬉しかった。
こうして悪役令嬢は――
旅先の思い出の味を、大切な人たちへ届けていくのだった。




