第135話 悪役令嬢、王太子と“帰る場所”へ向かいます
新婚旅行、最後の朝。
離宮の空気は、どこか静かだった。
窓の外。
湖は朝日に照らされ、きらきらと揺れている。
私は荷物を見ながら、小さく息を吐いた。
みんなへ買ったお土産。
王妃様への紅茶。
ルシアンへの焼き菓子。
セシリアへのリボン。
荷物はかなり増えていた。
「……増えましたね」
エマが静かに言った。
「気のせいです」
「既に荷台がかなり埋まっています」
「気のせいではありませんでした」
後ろでカイルが肩を震わせている。
絶対笑っている。
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その時だった。
「お待ちください!」
後ろから、街の店主が駆け寄ってきた。
以前、フルーツタルトのお店で会った男性だった。
「この先の市場に、チーズ工房があるんです!」
私はぱっと顔を上げた。
「チーズ!」
完全に反応してしまった。
アルフレッドが小さく息を吐く。
「……分かりやすいな」
「だって気になります!」
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数十分後。
私たちは市場の奥にある、小さなチーズ工房へ来ていた。
扉を開けた瞬間。
香ばしい匂いが広がる。
「……すごい」
思わず声が漏れた。
棚には、様々なチーズ。
燻製されたもの。
香草を練り込んだもの。
白いもの。
熟成の進んだもの。
全部違う。
全部面白い。
「この香り……!」
私は思わず近づく。
「熟成庫ですね」
職人の男性が目を丸くした。
「お嬢さん、分かるのかい?」
「少しだけ!」
完全に料理人の顔だった。
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「これ、絶対ピザに合います」
私は燻製チーズを見つめながら呟く。
「焼いたパンにも合いそうですし」
「少し蜂蜜をかけても……」
「あと、この香草入りも!」
気づけばかなり真剣に選んでいた。
すると。
「王宮へ戻ったら作るのか?」
アルフレッドが静かに聞く。
「はい!」
私は即答した。
「みんなにも食べてほしいです」
王妃様。
ルシアン。
エマ。
カイル。
セシリア。
みんなの顔が自然と浮かぶ。
「きっと喜びます」
その瞬間。
アルフレッドが少しだけ目を細めた。
「そういうところだな」
低い声。
でも。
どこか穏やかだった。
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結局。
かなり大量に買ってしまった。
「殿下」
エマが静かに荷物を見る。
「チーズだけで箱が三つあります」
「問題ない」
アルフレッドは即答した。
「好きなだけ買え」
「ありがとうございます!」
私が素直に答えると、
カイルが小さく吹き出す。
「殿下、完全に甘いですね」
「うるさい」
だが否定はしなかった。
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帰りの馬車。
お土産がたくさん積まれている。
紅茶。
焼き菓子。
リボン。
そして大量のチーズ。
私は窓の外を見ながら、小さく笑った。
「みんな、どんな顔をするでしょうね」
「ルシアンは騒ぐな」
アルフレッドが即答する。
思わず吹き出した。
「絶対騒ぎます」
「間違いない」
珍しく意見が一致した。
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「でも」
私は小さく息を吐く。
「楽しみです」
「帰ったら、チーズでピザを作りたいですし」
「王妃様は紅茶、喜んでくださると思います」
「セシリアも絶対リボン好きです」
自然と笑顔になる。
すると。
「お前は、本当に周りのことばかり考えているな」
アルフレッドが静かに言った。
「そうでしょうか?」
「そうだ」
短い返事。
でも。
どこか優しかった。
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馬車が揺れる。
旅の疲れもあったのだろう。
少しずつ、瞼が重くなってくる。
「……眠そうだな」
「少しだけ……」
絶対少しじゃない。
その時。
当然のように、肩を引き寄せられた。
「寝ろ」
低い声。
温かい。
安心する。
私は少し迷って――
でも。
そのまま身体を預けた。
「……楽しかったです」
半分眠りながら呟く。
そのまま、意識がゆっくり沈んでいく。
遠ざかる意識の中で――
アルフレッドが、私の髪をそっと撫でた気がした。
優しく。
大事にするみたいに。
そして。
引き寄せる腕の力が、ほんの少しだけ強くなる。
温かい。
安心する。
私はそのまま、静かな眠りへ落ちていった。
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どれくらい眠っていたのだろう。
ふと目を開ける。
夕暮れだった。
馬車の窓から、遠くに王都が見える。
私はぼんやりその景色を見つめる。
(帰ってきた)
夢みたいな時間は終わる。
でも。
帰る場所がある。
待っている人たちがいる。
そして――
隣には、アルフレッドがいる。
私は小さく笑った。
「……ただいま、ですね」
アルフレッドは静かにこちらを見る。
そして。
「そうだな」
その声は、どこまでも穏やかだった。
こうして悪役令嬢は――
王太子と共に、“帰る場所”へと歩いていくのだった。




