表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢ですが、王宮厨房から王太子妃になりました  作者: 星乃茶々


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
134/160

第134話 悪役令嬢、王太子と“最後の一日”を楽しみます

翌朝。


薄い朝日が、ゆっくりと部屋へ差し込んでいた。


私はぼんやりと目を開ける。


静かだ。


王宮の朝みたいに慌ただしくない。


聞こえるのは、窓の外で揺れる湖の音だけ。


(……あ)


その時。


背中へ回された腕の感触に気づいた。


「っ……」


一気に昨日のことを思い出す。


同じベッド。


抱き寄せられたまま眠ったこと。


私は顔が熱くなるのを感じながら、そっと隣を見た。


アルフレッドはまだ眠っていた。


穏やかな寝顔。


いつもより少しだけ力の抜けた表情。


長い睫毛。


朝日に透ける金色の髪。


(……綺麗)


思わず見入ってしまう。


その時。


「朝から熱心だな」


低い声。


「っ!?」


起きていた。


アルフレッドが薄く目を開けてこちらを見ている。


「お、おはようございます……!」


完全に動揺した声になった。


アルフレッドは少しだけ目を細める。


「赤いな」


「誰のせいですか……!」


「私だな」


朝から即答だった。


本当にずるい。


私は思わず布団を引き上げる。


すると。


アルフレッドが小さく笑った。


珍しい。


「隠れるな」


「無理です」


「昨日は隠れなかった」


「思い出させないでください!」


朝から心臓に悪い。


---


しばらくして。


私たちは離宮のテラスへ出ていた。


湖の朝は澄んでいる。


風も気持ちいい。


テーブルの上には、温かな朝食。


焼き立てのパン。


果物。


小さなオムレツ。


そして。


昨日買った、あのカップ。


『Alfred』

『Amelia』


名前の入った二つのカップから、湯気が立ち上っている。


私はそっと、自分のカップを持ち上げた。


「……不思議です」


「何がだ」


「こうして普通に使っていることです」


昨日買ったばかりなのに。


ずっと前から使っていたみたいに、自然だった。


アルフレッドは静かに紅茶を飲む。


「夫婦だからな」


またさらっと言う。


私は一気に顔が熱くなった。


「だから、そういうことを平然と言わないでください……!」


「事実だ」


本当にずるい。


---


その時だった。


遠くから小さく笑い声が聞こえた。


視線を向ける。


少し離れた場所。


エマとカイルが、静かに警備へ立っていた。


エマはいつも通り無表情。


カイルは腕を組みながら周囲を見ている。


だが。


時折、小さく会話しているのが見えた。


「……仲良さそうですね」


ぽつりと呟く。


アルフレッドがそちらを見る。


「昔からだ」


「そうなんですか?」


「長い」


短い返事。


でも、どこか信頼が滲んでいた。


私は少しだけ笑う。


「エマも、少し楽しそうでした」


「お前がいるからだろう」


「え?」


アルフレッドは何でもないように続ける。


「王宮の空気が変わった」


私は思わず言葉を失った。


湖風が静かに吹き抜ける。


「……そんな大したことは」


小さく返すと。


アルフレッドがこちらを見る。


真っ直ぐに。


「ある」


低い声。


でも。


どこまでも優しかった。


胸の奥が、じんわり温かくなる。


---


朝食を終えた後。


私たちは湖畔をゆっくり歩いていた。


今日は、新婚旅行最後の一日。


だから。


「今日は、いっぱい楽しみましょう」


私がそう言うと。


アルフレッドが少しだけ目を細めた。


「珍しく積極的だな」


「せっかくですから!」


私は湖を指差す。


「今日は小舟にも乗りたいですし、森の方も見たいです!」


「あと、あの蜂蜜のお店も!」


「焼き菓子、もう一回食べたいです!」


気づけば、かなり浮かれていた。


だが。


アルフレッドは静かにこちらを見る。


そして。


「分かった」


その声が、少しだけ柔らかい。


「全部付き合う」


胸が少しだけ跳ねた。


---


まず向かったのは、小さな舟着き場だった。


湖へ出る小舟。


木製の、二人乗りの小さな船。


「本当に乗るのか」


「乗ります!」


即答だった。


だが。


いざ乗る瞬間。


「……揺れますね」


「今さらだな」


アルフレッドが当然のように手を差し出す。


私はそっと掴んだ。


温かい。


そのまま小舟へ乗り込む。


湖の上は静かだった。


水面がきらきら揺れている。


「綺麗ですね……」


自然と声が漏れる。


すると。


「お前の方が楽しそうだ」


「今は湖を見てください」


「見ている」


絶対違う。


---


昼頃。


森の奥にある小さな茶屋へ入った。


木漏れ日。


花の香り。


そして――


ショーケースの中に並ぶ、色鮮やかなフルーツタルト。


「……綺麗」


思わず声が漏れる。


艶やかなオレンジ。


薄く切られたキウイ。


赤いベリー。


陽の光を閉じ込めたみたいな、明るい色合いだった。


「気に入ったか」


アルフレッドが静かにこちらを見る。


私は小さく頷く。


「爽やかで、湖の景色に似合います」


さらに近づいて覗き込む。


「キウイと柑橘の酸味を合わせているんですね……」


「甘さも強すぎない」


「土台のクリームも軽めです」


完全に料理人の顔だった。


アルフレッドが小さく息を吐く。


「楽しそうだな」


「だって綺麗なんです!」


思わず即答する。


店主が嬉しそうに笑った。


「この辺りで採れた果物を使っているんですよ」


「やっぱり!」


私はさらに目を輝かせる。


「だから香りが強いんですね!」


「朝摘みなんです」


「素敵です……!」


アルフレッドが静かにこちらを見る。


その目が、少しだけ柔らかい。


「お前は本当に料理が好きだな」


「はい」


私は素直に頷いた。


「こういうのを見ると、作った人のことまで考えてしまいます」


「どんなふうに作ったのか」


「どうしてこの組み合わせにしたのか」


「食べる人に何を感じてほしかったのか」


小さく息を吐く。


「だから、料理って楽しいんです」


少しの沈黙。


その後。


アルフレッドが静かに言った。


「……そういうところだな」


「え?」


「お前らしい」


胸が、少しだけ熱くなる。


私は誤魔化すようにタルトへ視線を戻した。


「と、とにかく食べましょう!」


「逃げたな」


「逃げてません!」


アルフレッドが小さく笑った。


珍しく、少し楽しそうだった。


運ばれてきたミックスフルーツタルトは、想像以上に綺麗だった。


薄いタルト生地。


軽いクリーム。


その上に並ぶ、たっぷりの果物。


私は一口食べて、思わず目を見開く。


「……美味しい!」


柑橘の爽やかな酸味。


キウイの優しい甘さ。


全部が綺麗にまとまっていた。


「湖の風みたいです」


ぽつりと零す。


アルフレッドが少しだけ目を細めた。


「面白い感想だな」


「でも、本当にそんな感じなんです」


私はもう一口食べる。


爽やかで。


優しくて。


どこか、この旅そのものみたいな味だった。


---


夕方。


私たちは再び街へ戻っていた。


市場は少しずつ片付けが始まっている。


空は茜色。


私は小さく息を吐いた。


「……終わってしまいますね」


少し寂しい。


馬車には、昨日、二人で選んだお土産の包みがたくさん積まれている。


王妃様への紅茶。


ルシアンへの焼き菓子。


セシリアへのリボン。


みんながどんな顔をするだろう。


早く渡したい。


でも――


この二人だけの時間が終わってしまうのが、少しだけ名残惜しかった。


すると。


アルフレッドが当然のように手を取った。


「また来ればいい」


「え?」


「終わりではない」


低い声。


でも。


どこか穏やかだった。


「これから先も、お前と行く場所は増える」


胸が、じんわり熱くなる。


私は少しだけ笑った。


「……はい」


夕暮れの湖が、静かに光っている。


私はその景色を見つめながら、そっと彼の手を握り返した。


こうして悪役令嬢は――


王太子と共に、“夫婦としての最初の思い出”を重ねていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ