第132話 悪役令嬢、王太子と二人きりの夜を過ごします
湖畔の離宮へ到着した頃には、空はすっかり夕暮れ色へ染まっていた。
窓の外。
湖面が、夕陽を受けて静かに揺れている。
「……綺麗」
思わず呟く。
すると。
「気に入ったか」
低い声。
アルフレッドだった。
「はい」
私は小さく頷く。
王宮とは違う。
静かで。
穏やかで。
まるで時間までゆっくり流れているみたいだった。
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夕食を終えた後。
部屋へ戻る。
静かな空気。
大きな窓。
柔らかな灯り。
そして――
大きなベッド。
「……」
意識しない方が無理だった。
その時。
「……風呂、どうする」
低い声。
珍しく、アルフレッドが少しだけ言葉を選ぶ。
私は一瞬固まった。
(お風呂……)
急に意識してしまう。
夫婦。
同じ部屋。
同じベッド。
全部が、一気に現実味を帯びてくる。
「……お先にどうぞ」
なんとかそれだけ答える。
アルフレッドは数秒こちらを見て――
「分かった」
静かに浴室へ向かった。
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しばらくして。
扉が開く。
「っ……」
思わず息が止まりそうになる。
アルフレッドが戻ってきた。
少し濡れた髪。
ゆったりした部屋着姿。
いつもの王族の正装とは全然違う。
それが逆に、落ち着かなかった。
金色の髪から落ちた水滴が、首筋をゆっくり伝っていく。
(……ずるい)
格好良すぎる。
「どうした」
低い声。
「な、何でもありません!」
絶対何でもある顔だった。
アルフレッドは少しだけ目を細める。
だが、それ以上は何も言わなかった。
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「……次、入ってきます」
逃げるように浴室へ向かう。
扉を閉めた瞬間。
「~~っ……」
私は思わず顔を覆った。
(無理です……)
さっきの姿が頭から離れない。
この後。
同じ部屋で。
同じベッドで。
寝る。
そう思っただけで、心臓がうるさかった。
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浴室は、想像以上に広かった。
白い石造り。
湯気。
窓の向こうには夜の湖。
私はそっと湯へ浸かる。
温かい。
でも、全然落ち着かなかった。
思い出すのは、アルフレッドの言葉ばかりだった。
「今日から、お前は私の妻だ」
「~~っ……」
私は思わず肩まで沈み込む。
無理。
心臓に悪い。
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しばらくして。
私はようやく部屋へ戻った。
「……っ」
また息が止まりそうになる。
アルフレッドが、窓辺に立っていた。
夜の湖を背にしたその姿は、昼間よりずっと静かで。
どこか穏やかだった。
私の気配に振り返った彼は、一瞬だけ言葉を失う。
その視線が、ゆっくり私へ向けられる。
湯上がりで少し熱を持った頬。
下ろしたままの髪。
薄い夜着。
アルフレッドが、わずかに目を見開いた。
「……遅かったな」
ほんの少しだけ遅れて落ちた声。
私は一気に顔が熱くなる。
(今、止まりましたよね!?)
だが本人は何事もなかったような顔をしていた。
ずるい。
本当にずるい。
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部屋には静かな灯りだけが残っていた。
私はベッドを見て、再び固まる。
無理です。
本当に。
その時。
「何を警戒している」
「け、警戒などしていません!」
「顔に出ている」
少しだけ呆れた声。
そして。
アルフレッドは当然のようにベッドへ腰掛けた。
「来い」
「簡単に言わないでください……!」
顔を覆いたくなる。
すると。
アルフレッドが少しだけ考えるように黙り――
それから静かに言った。
「……隣にいるだけでいい」
その声が、思ったより優しかった。
私は小さく息を吐く。
「……それくらいなら」
少しずつ近づく。
ベッドへ腰掛ける。
近い。
近すぎる。
心臓がうるさい。
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その時。
ふわり、と腕が伸びる。
「っ……」
アルフレッドが、そっと私を引き寄せた。
広い胸。
温かい。
規則正しい鼓動が、すぐ近くで聞こえる。
「……アルフレッド様」
「アルフレッドだ」
低い声。
「今は夫婦だろう」
また心臓が跳ねる。
私は顔を押し付けるように俯いた。
「……急には無理です」
「知っている」
少しだけ、彼が笑う気配がした。
珍しい。
そのまま。
彼の腕が、そっと私を包み込む。
抱きしめられている。
その事実だけで、胸がいっぱいになった。
「……落ち着きますか」
小さく聞くと。
「お前は?」
逆に返された。
私は少しだけ迷って――
それから、小さく頷く。
「……少しだけ」
本当は、かなり落ち着いていた。
温かい。
安心する。
不思議なくらい。
窓の外では、夜風が湖を揺らしていた。
「アメリア」
「はい」
「今日はありがとう」
思わず顔を上げる。
アルフレッドは静かにこちらを見ていた。
「……綺麗だった」
また不意打ちだった。
「そ、そういうことを寝る前に言わないでください……!」
「事実だ」
即答。
私はもう何も言えなくなった。
そのまま。
私は彼へ寄り添いながら、ゆっくり目を閉じる。
抱きしめられた腕は温かく、
胸の奥にあった不安まで、静かにほどけていく気がした。
「おやすみ、アメリア」
低い声。
私は小さく笑って、そっと彼へ寄り添う。
「……おやすみなさい」
窓の外では、夜風が静かに湖を揺らしていた。
こうして悪役令嬢は――
王太子の隣で、少しずつ“夫婦”になっていくのだった。




