第131話 悪役令嬢、祝福に見送られ旅立ちます
結婚式を終えたその日の午後。
王都は、祝福の熱気に包まれていた。
「本当に行くんですねぇ……」
私は王宮の玄関前で、小さく息を吐く。
目の前には、大きな白い馬車。
王家の紋章が静かに刻まれ、窓辺には小さな白い花飾りまで添えられている。
派手すぎない。
でも、特別だと分かる。
「王太子夫妻専用馬車です」
エマが静かに説明した。
「……落ち着きません」
「今さらです」
即答だった。
最近、本当に容赦がない。
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「義姉上」
後ろから声がした。
振り向く。
ルシアンだった。
その隣にはセシリアもいる。
「お見送りに来ました」
セシリアが柔らかく微笑む。
昨日より少し落ち着いた雰囲気だった。
けれど。
その目はまだ少しだけ潤んでいる。
「……昨日は、少しはしゃぎすぎましたわ」
小さく頬を染めながら呟く。
「少し?」
ルシアンが思わず笑った。
「かなり嬉しそうだったけど」
「だって、お姉様の結婚式でしたもの……!」
少し恥ずかしそうに視線を逸らす。
以前ほど子どもっぽくはない。
でも。
大切な姉の晴れの日が嬉しかった気持ちは、隠しきれていなかった。
私は思わず笑ってしまう。
「ありがとう、セシリア」
「……はい」
セシリアは嬉しそうに微笑んだ。
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その時。
風が少し強く吹く。
セシリアの髪がふわりと揺れた。
すると。
ルシアンが自然に一歩前へ出る。
「寒くない?」
「え?」
「夕方、少し冷えるし」
そう言いながら、自分の上着をそっと肩へ掛けた。
セシリアが目を瞬かせる。
「ルシアン様……」
「風邪ひいたら大変でしょ」
少し照れたように視線を逸らす。
でも。
以前みたいに騒がしくはない。
どこか少し、大人びて見えた。
私はその様子を見ながら、小さく目を細める。
(……仲良しですね)
すると。
「義姉上」
ルシアンが少しだけ真面目な顔をした。
「兄上をよろしくお願いします」
その言葉に、私は少し驚く。
以前なら絶対茶化していた。
でも今は、ちゃんと“弟王子”の顔をしている。
私は小さく頷いた。
「はい」
その瞬間。
「……いや、やっぱり兄上が義姉上を幸せにしないと」
「当然だ」
低い声。
アルフレッドだった。
ルシアンは肩を竦める。
「だって兄上、義姉上大好きすぎるし」
「事実だ」
即答だった。
「朝から何を言ってるんですか……!」
私は一気に顔が熱くなる。
セシリアが小さく笑った。
「本当に仲が良いですわね」
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「そろそろ出発のお時間です」
エマが静かに告げる。
その後ろでは、カイルが周囲を警戒していた。
視線は鋭い。
だが。
「東側、問題ありません」
「西側も異常ありません」
エマとカイルの声が、ぴたりと重なる。
私は思わず吹き出しそうになった。
「……仲が良いですね」
「職務です」
「仕事です」
完全に同時だった。
息ぴったりである。
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「では、行くぞ」
アルフレッドが手を差し出す。
私はそっと重ねた。
そして。
馬車へ乗り込む。
窓の外では、王都の人々がすでに集まっていた。
「アメリア様ー!」
「お幸せに!」
花が舞う。
笑顔が広がる。
私は思わず目を見開いた。
(……こんなに)
胸が、じんわり熱くなる。
その時。
「手を振らないのか」
隣から低い声。
「え?」
「皆、お前を見送っている」
私は小さく頷き――
窓へ身を寄せた。
そして。
一人一人の顔を見るように、丁寧に手を振り返す。
小さな女の子。
パン屋の夫婦。
市場の店主。
孤児院の子どもたち。
皆、本当に嬉しそうに笑っている。
「アメリア様ー!」
「また来てください!」
「お幸せにー!」
胸が、じんわり熱くなる。
(……不思議です)
昔の私なら。
こんなふうに、人前で笑うことも。
まして、馬車から身を乗り出して手を振るなんて、考えもしなかった。
でも今は――
「ありがとうございます!」
自然と声が出る。
すると、さらに大きな歓声が返ってきた。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
その横で。
アルフレッドも静かに視線を上げた。
「……殿下?」
彼は小さく息を吐き――
そして。
ゆっくりと、王都の人々へ手を振る。
次の瞬間。
「うわぁぁ!!」
歓声が、一気に大きくなった。
「殿下が手を振った!」
「王太子殿下ー!!」
アルフレッドはそんな騒ぎなど気にした様子もなく、静かに言う。
「……お前だけでは不公平だろう」
胸が、じんわり熱くなる。
ずるい。
本当にずるい人だ。
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馬車はゆっくりと王都を抜けていく。
石畳の道。
揺れる木々。
窓から差し込む柔らかな陽射し。
私はようやく小さく息を吐いた。
「……本当に、新婚旅行なんですね」
「嫌か?」
「そうではありません」
少し迷って。
それから、小さく笑う。
「まだ、実感がなくて」
アルフレッドは静かにこちらを見る。
そして。
そっと、私の手を握った。
「なら」
低い声。
「これから嫌でも実感する」
「……またそういうことを平然と言いますね」
「事実だ」
即答だった。
私は思わず笑ってしまう。
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数時間後。
馬車がゆっくり止まった。
「到着しました」
カイルの声。
窓の外を見る。
そこには――
大きな湖が広がっていた。
夕陽を受けて、水面がきらきら輝いている。
湖畔には、小さな離宮。
白い壁。
花に囲まれたテラス。
静かな風。
まるで絵本みたいな景色だった。
「……綺麗」
思わず呟く。
すると。
「気に入ったか」
アルフレッドが静かに聞く。
私は小さく頷いた。
「はい」
胸の奥が、じんわり温かくなる。
ここには、王宮の喧騒もない。
重臣たちもいない。
ただ――
私たちだけの時間。
アルフレッドが静かに馬車を降りる。
そして当然のように、こちらへ手を差し出した。
「アメリア」
その声は、いつもより少しだけ柔らかい。
私はそっと、その手を取った。
湖から吹く風が、優しく二人を包み込む。
こうして悪役令嬢は――
王太子と共に、新しい幸せな時間を歩き始めるのだった。




